2018年5月23日水曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 5  パッション・インポシブル



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■ またまた作者多忙につき、通常のブログ更新を休載します。前回の続きですよ。


 諸事情で仕事の依頼がひっきりなしで、全然終わらないので、自動運転に切り替えます。


 おおむね1日おきに続きを更新しますので、どうぞ。


 キリスト教とはいったいなんなのか!信仰とはどういうことなのか!ということが中学生でも理解できる名作です。


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 バラードを歌い終わると、しばしの静寂がホールを包んだ。

 おもむろに、叫聖朱のライブでは珍しく、吉雄はマイクを取って語り始める。観客のみんなはハッとする。吉雄がこんな風に、マイクを握って話すことはめったにない。貴重なMCだと誰もが気付いたのだ。

「今日は、このライブに足を運んでくれてセンキュウウウウウ!!」

 吉雄が、叫んだ。

「うおおおおお!」

と一瞬どよめきが走るが、すぐに次の言葉を聞こうと、観客は静まった。

「俺の歌、俺のことば、そして俺たちのサウンド聞いてくれて、ウレシイゼエエエエットゥ!」

「うおおおおおおおおおお!!!」

 さらにどよめきが大きくなる。

 吉雄的には、どうしてこの時代では聴衆に語りかけるとき、こんなにウォウウォウ言わなきゃならないのか全く理解できないのだが、これがこの世界での作法だ、マナーだ、これが正しいんだと徹底的に万里子に仕込まれているので、もはやそういうもんだと思っていた。あるいは、どうしてこの時代では、できる限り汚い言葉遣いで相手を罵らなくてはいけないのか、やはり理解不能だったが、それももはや受け止めていた。

「じゃあ、クソッタレのてめえら!次の曲いくぜえええええ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 ライブは既に、エクスタシーを迎えようとしていた。





 ♪ゴッドブレスユー♪


 お前が俺を変えてくれた

 お前の思いが お前の愛が

 孤独に飲まれた若者を

 闇に堕ちた弱き者を

 神の加護か、純粋な心か

 まっすぐな思いか、神の愛か

 ゴッドブレスユー

 ゴッドブレスユー




 仲間が俺を変えてくれた

 仲間の思いが 仲間の愛が

 傷つき討たれた戦士を

 砕け散った祖国を

 神の加護か、純粋な心か

 まっすぐな思いか、神の愛か

 ゴッドブレスユー

 ゴッドブレスユー





 それは、まだ叫聖朱が初期のライブを行っている頃の話だ。ある時

『今日はみなさん、私たちの演奏を聴きに来てくれて、どうもありがとう』

とか爽やかに手を振ったら、その後の控え室で万里子からさんざんどつかれたものだった。

「違う違う違う!何もかも間違ってる!吉雄!ヘビメタってのはね、ロックなのよ。反体制なの!わかる?かしこまってへらへらしてちゃダメなの!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ万里子、ただ、私はみんなに感謝を伝えようとしただけだ」

 そう説明してわかってもらおうとした吉雄だったが、彼女はまったく聞く耳を持とうとしない。

 あろうことか、歯を食いしばれ!と万里子は叫び、吉雄の右頬を殴り飛ばした。

「痛いか!痛いか吉雄!その痛みがロックなんだよ!痛めつけられ、傷つけられ、世間からつまはじきにされて、それでも立ち上がろうとするのがロックなんだ!」

 頬を真っ赤にして、バタンと床につっぷしながら振り返ると万里子がはらはらと涙を流している。いつもは天真爛漫に明るい性格の万里子が、打って変わって悲痛な顔をしているのが、吉雄にもわかった。

「見てよ!あたしの腕、あたしの身体!」

 黒のゴシックメタル衣装、長い手袋をめくると、そこには無数のリストカットの跡がある。

「これがあたしの痛みなんだよ。ずっと隠してるけど、誰にも見られないようにしてるけど、これに負けないってことがあたしの力なんだ!」

 ぐっと唾を吉雄は飲み込んだ。ああ、あの傷。私の傷とおなじだ。きっと万里子も、権力の手によってズダズダに切り裂かれたに違いない、と唇を噛んだ。彼女にもきっと、私と同じように語ることのできない過去があったに違いない。それは互いに傷ついた者同士、響くものがあるのだ。

「・・・・・・わかる。わかるぞ、私には伝わる!万里子!さあもっと私を殴ってくれ!お前の痛みを私も、一緒に共有したいんだ!」

「だから違うって言ってるしょやー!“私”じゃなくて“俺”って言わなきゃだめなのー!」

 ばっこーん!

と今度は吉雄の左頬が腫れ上がる。

「さあ、言ってみろ!私じゃない、『俺!』。そして、みなさんじゃない、『おまえら!』」

「・・・・・・俺!」

「声が小さい!」

「俺!」

「もっと!」

「俺!」

「もっとよ吉雄!」

「俺―っ」

「もっと激しく!天を衝くように!絶叫するの!」

「俺―――――えええええっ!おまえらーーーーああああ!」

「そうよーっ!それよーっ!」

 拳を天に仰ぎながら絶叫する吉雄に、泣きながら万里子が飛びついてきた。もう、むぎゅっとか、ぱふっとかを通り過ぎて、熱狂的に激しい抱擁に違いなかった。互いに抱き合って、さっきまで殴りつけていた手を吉雄の背中に回し、まさぐるように這いまわす万里子である。

 そのまま二人は、床に倒れこみ、ゴロゴロと転がりまわる。

 ああ、万里子が上になり、ああ、吉雄が上になり、互いに互いの心の傷を埋め合い続ける。



 吉雄は、この哀れな少女を心から愛しく感じた。

 ああ、神よ。この弱きもの、虐げられし者を救いたまえ。この傷ついた身体と心をどうか癒したまえ!

 そう祈りながら、そのまま二人は涙で顔中をくちゃくちゃにしながら唇を重ねるのだった。

「吉雄、あなたが大好き」

「私も、万里子が愛しい」

 愛とは何か。神よりの大いなる愛に満たされたことはあっても、自分がこんなにも誰かを愛しいと感じたことはあっただろうか。数多くの弱き者に手を差し伸べたことはあっても、これほどまでに熱いパッションが湧きあがったことがあっただろうか。義務でも、憐憫でもない、自分を突き動かすような衝動が、これが愛だ。愛なのだと彼は感じた。

 イスラエルに伝統的に伝わる聖なる言葉が、吉雄の頭をよぎる。

『産めよ、増えよ、地に満ちよ』

 それは、まごうことなき神の思し召しであった。



(6へつづく)

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