2015年10月20日火曜日

哲学的ゾンビは解脱者か、あるいは解脱者は哲学的ゾンビと化すのか。

 どうも、稀代の変態武庫川散歩です。


 ・・・変態変態言ってますが、某大臣のようにパンツを盗んだりはしません。


 いいですか?パンツは象徴であって、そこには例のものはないのです。女性の何がしかに興味をもつ十代の青少年男子がここにいたとして、彼が本当に望んでいるのはパンツなんかじゃないんです。


 そうだ!彼が本当に追い求めているのはパンツの中の・・・・!やめておきましょう。品がなさすぎる(苦笑)



 そんなツカミから入った今日のお話。一転して真面目に「哲学的ゾンビ」について考察します。



 小鹿のバンビでも、長靴下のピッピでもありません。そう、あの「哲学的ゾンビ」です。


 この哲学的ゾンビ、


「物理的化学的電気的反応としては、普通の人間と全く同じであるが、意識(クオリア)を全く持っていない人間」


として仮定される存在なのですが、ほんとうにそんな存在が実在するというよりは、人間とは何かを考える上で比較対照するために設定されたもの、と考えたほうがいいかもしれません。



 さて、この哲学的ゾンビは、普通の人間とまったく区別がつきません。


 あなたが話している隣の誰かが哲学的ゾンビだとしましょう。その人が人間じゃないかどうかはまったく判別できず、とにかく普通に反応し、普通に接することができます。


ところが、ここからはウィキの記述を引用しますが


【しかし普通の人間と哲学的ゾンビの唯一の違いは、哲学的ゾンビにはその際に「楽しさ」の意識も、「怒り」の意識も、議論の厄介さに対する「苛々する」という意識も持つことがなく、“意識(クオリア)”というものが全くない、という点である。哲学的ゾンビにとっては、それらは物理的化学的電気的反応の集合体でしかない。】


という存在だったりするわけです。


 さあ、こんな存在がいたとしたら、私たちはどうやってその人物との違いを定義できるのでしょうか?


というのが哲学的ゾンビの課題です。



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 しかし、ここであれ?と思いませんか??


 このブログでは再三、「解脱や悟り」について語っていますが、私たち人間が


「楽しいということも無であり、怒りもなく、いらいらもせず、ただ諸行無常にてそうろう」


という境地に達するとしたら、それはまさしく哲学的ゾンビなのではあるまいか、ということです。



 解脱者は、物理化学電気的には人間として生きているが、その意識はすでにあちゃらへぶっ飛ばしているのだとすれば!



 まあ、実際には解脱者や悟りを得たものは、「意識をすっとばして」はいません。よって哲学的ゾンビではない、ということになりますが、


 じゃあ、ヤク中の人は?


とか、


脳死の人は?


とか言い始めると、あやしくなってきますね。



 というわけで、解脱者が何をやっているのかということを再確認しておくと、まず、意識はちゃんとあります。


 しかし、その意識において沸き起こる各種情動(感情や生まれ出る神経データ・反応)のすべてに


 支配されないで、コントロールできる


というところがゾンビとの違いなのです。


 コントロールというと、これまた誤解を生む表現で、


「じゃあ、解脱者は自由自在に快楽を得られるのか」


とか


「意識を入れたり切ったりできるのか」


とか、そんなわけのわからんことを言う人がいるかもしれませんが、そういう意味ではなく、


「情動を意識の管理下に置くことができる」


という意味のほうが近いと思います。


 ほれ!原発のあれですよ。アンダーコントロールド。



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 ということはなんですか?


 人間というのは、2段階の脳によって形成されていて、動物的で生物的な機能を司どる中核部分と、論理的思考やいわゆる高等生物の意識を形成する大脳新皮質があるとして、


「大脳新皮質が、他のノーミソを管理できる」


ことを指すわけですな。


 
 ところが、普通の人間はこれができず、いわゆる動物脳・生物脳のデータに翻弄されるから苦しくて悲しくて楽しくていやっほい!なわけです。



 しかし、解脱者は、そのデータに翻弄されず「それが単なるデータであり、その他の意識と公平に扱うことができる」ということになるのでしょうか。



 ならば解脱者とは、もしかしたら人類を超えた超人類!なのかもしれません。(笑)



 いやあ、ドラゴンボールみたいになってきましたが、こういうのが好きな人は、どんどん悟っちゃってください(^^





 
 ってことはなんですか?

 もし、脳みそだけが機械に繋がっていて生かされており、そこに意識があるとしたら、動物機能・生物機能の大半は失われているわけですから、


 それって解脱してる?!


わけなのでしょうか?




「いや、どーせオレ、顔ついてないし。イケメンとかブサイクとかどうでもいいわ」

「いや、どーせオレ、味わえないし。無常だよね」

「いや、どーせオレ、何も感じないから。気にしないで」

「・・・っていうか、映像とか感覚とかはあるんだけど、でもオレなんにもついてないんだよね。実は」

「それより、オレいつまで生きてんの?電源切れたら死ぬの?痛いわけないよな。痛点ないし」

「おーい、誰かー。誰だよ、オレの脳みそ電極に繋いでんの。それって神ってこと?」

「もう、そろそろ飽きてきたし。・・・むしろ涅槃したいかも苦笑」


「・・・」


「・・・・」


「・・・・・・・むなしい。これってむなしいよね!むなしいって、こういうことなんだよね!きっと!げだつうううううう!」




 というわけで、解脱するってどういうことか、理解いただけましたでしょうか?



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