2018年5月26日土曜日

洗脳とは一体何か。 日大アメフト問題と絡めながら。




 世を忍ぶ仮の姿で、俗世のすみっこ暮らしを続ける解脱者のブログではございますが、なぜか毎回更新すると



 9人が確実にこのサイトを訪れている



ことに気付きます。


 まあ、だいたい、このブログは、一日あたりの訪問件数が100人くらいはあるので、こんな変態みたいなブログを見る物好きが100人もいるのか!と驚かずにはいられないのですが、その方たちの大半は検索からの流入ですね。




 しかし、9人の方は、かならず更新があるたびに真っ先にこのブログを訪れて読んでくれているようなので、




 オラ、すっげーワクワクすっぞ!!!!




と、まずは叫んでおきましょう。




 そのうち2人くらいは、おおかた見当がつくし、「武庫川ファンです」と公言して下さっている方もいるので、まあなんとかわかるのですが、



 残りの7人が、どこの何者かさっぱりわからん!!!



ので、ドキドキしております。


 ぜひ、わたしがその選ばれし7人の勇者の1人だ!という方は、ぜひコメントに足跡でも残してください。匿名でもかまいません。




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 さて、本日の本題でございます。


 わたくし武庫川散歩が、その昔「エホバの証人」という宗教に家族で入っていたネタは以前から公言しているのですが、たとえば


「家族にいろんな組織や宗教に入っている人がいて、それを別の家族が辞めさせたいと思う場合」

に、どうやって洗脳のようなものを解けばいいか、ということで困っている人の話を某所で読んだわけですね。



 というわけで今日は「洗脳」についてのお話。



 洗脳やら、マインドコントロールというのは、とても簡単です。

 拷問や薬物を用いたり、なにか神秘体験のようなものを使って行うなど、とても特殊なことのように思うかもしれませんが、(もちろんそういう方法もありますが)、実はそんなに難しいことではなく、



「Aを肯定させる」



ことで、充分に洗脳を開始することができるのです。ただし、ふつうの生活において「Aを肯定させる」あるいは「Aを肯定する」ということは山ほどあって、それ自体はなんていうことのない当たり前の行為です。


 たとえば、


「私はあなたより上司なので、職務上の命令には私に従うべきである」

ということはとても普通だし、それ以前に

 「立場が上の人の命には、従わなくてはならない」

ということは、誰もがすでに心の中で肯定していることでしょう。



 というわけで、「Aを肯定させる」ことそのものは洗脳ではないのですが、ここからが大事です。



「Aを肯定させる」「Bを肯定させる」「Cを肯定させる」「Dを肯定させる」



 本来、AとBとCとDはまったく別の内容で、別の事象や次元の話なのですが、Aを肯定させることで次はBも肯定させる、さらにはCも肯定させる・・・ということを繰り返しやっていけば、



 はい、洗脳完了!



です。とても簡単です。


 今話題になっている日大のアメフト選手が、くわんせい学院大学の選手に暴行プレイを働いた件ですが、ベースになっているのはもちろん


■ 監督・コーチは偉い


ということであることは自明です。選手はこのAを当然肯定しています。


ところが、日大監督・コーチ陣は、ここから巧妙にB・C・Dを肯定させてきていますね。


■ (選手に対し)お前が変わらない限り、試合には出さない

■ 日本代表に行ってはいけない

■ QBをつぶしに行くので、自分を使ってくれと言え

■ 坊主にしろ



 日大の加害選手は、これらのすべてを実際に「肯定=実行」しています。日本代表にも行くことを断念しているし、坊主頭にもなっています。相手をつぶしに行く話しもしているようです。


 こうして、いくつもの肯定を経て、最終的には事件となった


「相手へのテロ的タックル」


まで実行することになったわけです。




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 本来、AとBとCとDは、それぞれ全く別のもので、それぞれに対してYESであるかNOであるかは、独立して決めることができる、決めるべきな事項です。


 試合に出ることと坊主にすることには何の因果関係もないし


 日本代表になることと日大の処遇とは別の次元の問題である



ことは、外部の人間から見るとすぐに分かることなのです。そんなの関係ないじゃん!と。 



 ところが、その全然関係ない各事項をいったん肯定、受け入れしてしまうと、それらは受け入れた内部の人間にとっては



 すべてが関係ある、繋がった、ひとつの合理的な人生選択である



ということになるのです。これが、洗脳状態の完成ですね。



 結果として、日大の選手はタックルを実行してしまった。やってしまってから、外部の客観的な指摘を受けて、我に返った、ということでもあるでしょう。





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 洗脳の興味深いところは、Aの肯定がスタートではあるものの、「単品の事象の肯定」だけでは効果が薄いところにあります。



 たとえば、「俺はコーチだ、だからお前は相手をつぶしてこい」といういきなりAとDしか出てこないような単発の事象だけをぶつけても、



「えー、なんぼなんでも無理ですよ!いやです」



となります。



 女性を口説く時に、相手に好意がありそうだな~と思っても、いきなり「肛門に挿入していもいいですか?」 とやってしまえば確実に無理ですが、


「手、つないでもいい?」

「腕組んでもいい?」

「ごはん一緒に食べよう」

「キスしてもいい?」


と一つひとつの事象を肯定させてゆけば、愛の洗脳は完成してしまうというわけです。



 この仕組みを知りたい人は「あのねのね」の「つくばねの唄」を聴いてくださいね。

https://www.youtube.com/watch?v=rB_CrjvrzBI



 え?それは違うって?てへぺろぺろ。




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 宗教の場合も同じで、たとえば私はキリスト教系のエホバの証人でしたが


■ 創造主がいるかいないか

■ その神がエホバかそうではないか

■ 聖書に書いていることが真実かそうでないか

■ 聖書の神と実際の創造主が同一かどうか

■ キリストが本当に神の子か、あるいは人か

■ エホバの証人の教えが正しいか、そうではないか

■ それを伝えている人間(信者)が信頼できるかそうではないか


などなどは、すべて「独立した、互いに関係のない事象」であることが客観的にはわかるでしょう。





 ところが、宗教に関わる人たちは、たとえば最後の事項を持って



「この話をしている山田さんは信頼できる人である、従って山田さんが伝える宗教は信じられる」



といった方法で、AもBもCもDも信じさせていくわけです。





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 さて、というわけで、たとえば家族にエホバの証人の信者がいて辞めさせたいと思う場合は、彼や彼女が信じている


「AもBもCもDもごっちゃになった状態」


を独立した事項として解きほぐしてゆくのがよいと思います。


「聖書の話」

「神の話」

「会衆の話」

「組織の話」


は、別ものですが、彼らはそこがごっちゃになっているので



「組織の教義には矛盾があるでしょう」といっても「でもエホバを信じる」と答える

「会衆に問題があるじゃない」といっても「でも聖書には人は不完全だと書いてある」と答える


など、話がつねにAとAの話、BとBの話にならないわけです。



 そうすると今度はこっちが「逆洗脳」をしかける番です!いえーい!



 どうするかというと、彼や彼女が「肯定できる事象」を積み重ねてゆくのですよ。



 つねに答えが「YES」の側にいくような話の持っていきかたが大事です。



 具体的にどうするかは、個別にご相談ください。



 ワタクシ、悪魔ですので! 

2018年5月25日金曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 7  大団円  ~ 伝えたいことがあるんだ ~



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■ またまた作者多忙につき、通常のブログ更新を休載します。前回の続きですよ。


 諸事情で仕事の依頼がひっきりなしで、全然終わらないので、自動運転に切り替えます。


 おおむね1日おきに続きを更新しますので、どうぞ。


 キリスト教とはいったいなんなのか!信仰とはどういうことなのか!ということが中学生でも理解できる名作です。


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 はじめガリラヤ地方で活躍し、エルサレムで十字架に掛けられたナザレのヨシュアという若者が、復活を遂げたのはその死から3日後のことであった。

「げほっ」

と例のごとく、ヨルダン川の岸辺で一人口から水を吐いたヨシュアは、それが確かに自分の故郷であることをすぐに理解した。そこは確かに、自分のもといた時代であった。

 なぜなら、まず一番に空気が清浄であったからである。20世紀の大都会東京で長い間過ごしていたのでわからなかったが、こんなにも空気そのものが美味しいとは思わなかった。空気はいくぶん大量の二酸化炭素に覆われた未来よりも乾燥気味ではあったが、そんなことは小さなことである。何よりも自分が生きていて、そしてイスラエルの地へ戻ってこれたことを神に感謝したのだ。

 あちらの世界での最後の瞬間の記憶は、もはやあいまいになっている。叫び、歌い、気がつけばヨルダン川のせせらぎが体を濡らしていた。



 びしょびしょになっていたライブ衣装から水をしっかり絞ると、彼は再びそれを身につけて、しっかりした足取りで歩きはじめた。

「私には、伝えたいことがあるんだ」

 イスラエルの民に伝えたい。この国にはこれから苦難が待っているが、同時に希望もあることを。神の意思に背けば、その苦難は長く続くだろう。しかし、神の意思を守れば、きっと希望は現実になるに違いない。その預言を、ヨシュアは実際に見て、聞いて、そしてここへ戻ってきた。

 あの世界は、きっと神が自分に見せたもうた黙示の映像のようなものだったのかもしれない、とヨシュアは思った。

 あるいは、自分が祭司とローマに捕えられ、十字架に掛けられたことも、痛みをともなう強烈なヴィジョンであったのだろうか。

 どこまでが現実で、どこまでが幻視だったのか、それはヨシュアには到底判断できない神のみわざなのだ。



 「ゴモラ」で見たニュース。テレビの映像。そこにあるはずのないヴィジョンが、たしかに映っているし見えている。けれどそれは、目の前でたしかに起きているのに現実ではなかった。

 あんなことが自分の身体で起きていたのかもしれない、とヨシュアは振り返る。けれど、どこまでが現実でどこからが幻かは、この際どうでもいいのかもしれない。

 神が意図なさっているのは、きっとこの体験を通じて、みんなにも何かを伝えることに相違ないからだ。

「みんなにもう一度会いに行こう」

とヨシュアは決めていた。

 仲間たち、支援者たち、みんなの顔が一人ずつ思い浮かんだ。早く、みんなに会いたい。そして、神から預かったこの体験を、みんなに話したい、とそう思った。

 万里子のことは忘れられそうになかったが、彼は頭をぶんぶんと横に振って、忘れようとした。
 私には使命がある。あるいは彼女とのことも、神が見せたもうた一時の励ましであったのかもしれない。ストイックな自分に欠けていた、「誰かを愛する」という感情を教えるために、神が与えてくれた体験なのかもしれない、とも思った。

 弱きもの、罪深きもの、傷ついたものを深く愛したい。そんな思いが、いっそう強くなるのをヨシュアは感じていた。

 一歩、一歩と確実に歩みを早めるヨシュアは、エルサレムへの道のりをしっかりと踏みしめるように進んでいった。



 しかしながら、その後彼に会った旧知の者がみな、最初それがヨシュアだと全く気付かなかった理由を、彼が理解するのにはかなり時間がかかった。

 なぜなら、彼は20世紀の高い技術で製造された、ウォータープルーフでUVカットなマスカラ、ファンデーション、チーク、そしてヘアスプレーでバッチリ決められた「叫聖朱」のメイクのまま、復活したからであった。

 水に濡れても、川に浸かっていても安心なそのメイク姿では、誰一人としてそれが復活したヨシュアであることに気付かなかったとしても仕方がなかったのである。




 さて、野々村万里子は、吉雄が姿を消してからしばらく抜け殻のような日々を過ごした。あれだけ夢中になったバンギャ活動も、すっかり熱が冷めたように、辞めてしまった。それだけ、吉雄たちとの活動に全てを捧げていたのであった。

「あのね、あたし故郷へ帰ろうと思うの」

 ゴモラのお姉さんたちに、万里子はそう言った。

「あっら~、さみしくなるわね~。でも、それもいいかもしれないわ。幸せがどこに転がってるかなんて、神様じゃないとわかんないんだもの」

「そうかもね。本当にいろんなことがあった東京だけど、やっぱりあたしには背伸びで向かなかったのかもしれない。なんだか最近、気分もすぐれないし、空気が悪いのかなあ」

「あははは、そりゃ新宿だもの。排気ガス大気汚染、騒音、飲んだくれのゲロ、なんでもありよ。・・・・・・ところであんた、地元ってどこなの?」

「ん?北海道」

「んまあ、どさんこだったの!道理で色白だと思ったわ」

「まあね・・・。う、やっぱり気分悪い。ごめんちょっとトイレ借りるわ」

 万里子はそう言って、うえええとエヅきながら店のトイレに駆け込んでいった。




 懸命な読者諸君ならすでに気付いたに違いない。万里子がこの時実は身ごもっていて、その子の父が誰なのかも。

 そしてそれから北海道に帰った万里子が、未婚の母として苦しい生活を強いられ、それを見かねて一緒になった元同級生の若者が「小田君」だと言うことも。

 しかし、その子は何も知らない。

 知っているのは、万里子と、神と、そしてこの物語を読んだあなただけなのだから。



 こうして、父と子と聖霊の物語は、・・・・・・ああそうだとも!世紀を超えた壮大な物語は本当に幕を閉じるのであった。

 信じるも信じないも自由ではあるが、この物語が真実であると信じた者だけが、もしかすると救われるかもしれないし、救われないかもしれない。

 その全ても、また神の思し召しなのだから。

 あなたに神のご加護がありますように、アーメン。



(了)

2018年5月24日木曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 6  野々村ヨシオの失踪



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 さっきまで晴天だった空が、怪しげな気配へと変化するのに、それほどの時間はかからなかった。

 あるいは武道館に集った聴衆一万四千人の熱気が、空へと届き積乱雲を生じさせたとでもいうのかもしれない。

 会場の外にも、叫聖朱のライブのどよめきは漏れている。

 あたりを歩く人々も、しばし立ち止まって空を見上げたり、手に持ったバッグを頭上に載せたりしはじめていた。曇天が頭上に広がり始める。

 やがて、ポツリ、ポツリと雨のしずくが、地上に向かって落ちてきた。それは少しずつ、大きな粒になって、しっとりと屋根や地面を濡らすようになっていったが、会場にはそのことに気付く者は誰一人いなかった。




 叫聖朱の武道館ライブは、いよいよラストナンバーを迎えようとしていた。観客の熱気はすでに計測不能であり、吉雄とメンバーのボルテージも絶頂を飛び越えている。

「イエエエエエエエ!!!!」

と吉雄が、両足をしっかりと広げて反り返りながら、ことばにならない雄たけびを上げている。

「ぬおおおおおおおお!!」

と、観客の声はすでにこだまして怒涛の地鳴りを生じさせている。

「ワールドエンドオオオオ!!」

 ラストナンバーを告げる吉雄の叫び、激しく早く、目にも留まらぬビートを刻むドラム、泣き叫ぶギター、ベース、ありとあらゆる楽器が、きしみを生じるほどに限界の回転数を記録しようとしていた。




♪ワールドエンド♪

 失いかけた意識に、神が告げた

 追い詰められた俺に天使が囁いた

 切り刻まれた体

 咲き乱れた園の花びら

 ヒステリックなやつらが騒ぐ

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 世界が終わる





 失いかけた意識に、君が告げた

 追い詰められた俺を、君は抱いた

 手首を血が流れてく

 薄れ行く視界と記憶

 サイケデリックな炎が見える

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 世界が終わる



 ワールドエンド

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 世界がはじまる





 頭を激しく上下しながら、吉雄は歌う。すべての情熱とすべてのエネルギーをつぎ込んで、吉雄は叫ぶ。

 乱れ飛ぶ汗、はじけ飛ぶ弦、狂ったようにステージを走り回る吉雄は、倒れこみ、天を仰ぎ、痙攣する。

 メンバーがステージのアンプを蹴り倒す。スタンドマイクがあらぬ方向へぶっとぶ。

 それでも立ち上がる吉雄。それでも歌い続ける吉雄の姿が、四方八方からの照明を一心に浴びて真っ白に光り輝くのが見えた。

「イエエエエエエエエエエエ!!!!」

 再び天を仰ぐ吉雄の頭上に、天井から伝い漏れた一滴の雨のしずくがまっすぐに落ちてくるのを、誰も見たものはいなかった。

 絶叫する吉雄。

 輝く体。

 騒音の極まった世界に静寂を感じた。




 次の瞬間であった。

 ドーンというこの世のものとは思えない激しい音がして、あたりは一瞬に闇に包まれた。最初、そこにいる誰もが、何が起きたのかまったくわからず、突然に止まった演奏、・・・・・・いや、というより、まったくもって断絶してしまった電気系統のために、電気音という電気音が一切無くなった故の静けさがあたりを包み込んだ。

「きゃああああーーーーー!!」

 思い出したように観客の誰かが叫んだ。ステージの裏が慌しくなる。

「照明、照明どうした!」

「非常電源、非常電源に切り替えろ!」

 スタッフの怒号が飛ぶ。すぐに、非常出口を示す非常灯だけがほんのりと復旧するが、それ以外の電源は完全に落ちていた。

「慌てないで!みなさん落ち着いてください!」

 スタッフというスタッフが、大声で叫び出した。

「雷だ!」

 誰かがそう叫ぶのが聞こえた。放たれた出入り口の外から、激しく落ちる雨の姿が見えていた。





 突然の終演を迎えた武道館ライブだったが、ステージの上では異変が生じていた。あっけにとられて立ち尽くしているバンドのメンバー。その中央にいるはずの吉雄の姿が見えないのだ。

 ステージの真ん中には焦げたような跡だけが残り、そこに確かにいたはずの吉雄の姿は跡形もなく消えていた。愛用のモッキンバードのギターだけが、ただ転がっている。

「・・・・・・吉雄!」

 たまらなくなって袖から走り出してきた万里子の声に、応える声はなかった。

「吉雄!吉雄!」

 ステージを走る万里子。我に返ったメンバーやスタッフも吉雄の姿を一生懸命探すが、どこにも見当たらない。

「吉雄!どこ!どこへ行ったの!」

 半狂乱になった万里子の姿を、女性スタッフが抱きかかえるようにして連れてゆく。

 きっと雷に打たれたのに違いない。

 誰もがそう思い。胸の痛みを感じた。だが、それでも焼けた遺体くらいは、必ずそこにあるはずなのに、それがないということは、誰にも理解できないことだった。




 “稀代のロックバンド「叫聖朱」のボーカル、忽然と消える“

 翌日からそんな見出しが、新聞に躍った。20世紀最後の謎、世紀末最後の謎として、しばらく世間を騒がせることになった。

 ある者は

「きっと雷のエネルギーで蒸発したのだ」

と言い、科学者達が反論した。

 またある者は、

「このライブを最後に、引退して失踪したのだ」

とも言った。万里子やメンバーはその説にはどうしても納得がいかなかった。

 しかし、数日が経ち、数週間が経ち、数ヶ月が経っても、その謎が解けることはなかった。野々村吉雄という男は、まさにこの世界から消えてしまったのである。

 そう、まるで最初から、彼がそこにいなかった者であるかのように。



 世間から、叫聖朱と吉雄の記憶が薄れていった。

 万里子は、吉雄のことを忘れようと努力した。



(7へつづく)


2018年5月23日水曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 5  パッション・インポシブル



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 バラードを歌い終わると、しばしの静寂がホールを包んだ。

 おもむろに、叫聖朱のライブでは珍しく、吉雄はマイクを取って語り始める。観客のみんなはハッとする。吉雄がこんな風に、マイクを握って話すことはめったにない。貴重なMCだと誰もが気付いたのだ。

「今日は、このライブに足を運んでくれてセンキュウウウウウ!!」

 吉雄が、叫んだ。

「うおおおおお!」

と一瞬どよめきが走るが、すぐに次の言葉を聞こうと、観客は静まった。

「俺の歌、俺のことば、そして俺たちのサウンド聞いてくれて、ウレシイゼエエエエットゥ!」

「うおおおおおおおおおお!!!」

 さらにどよめきが大きくなる。

 吉雄的には、どうしてこの時代では聴衆に語りかけるとき、こんなにウォウウォウ言わなきゃならないのか全く理解できないのだが、これがこの世界での作法だ、マナーだ、これが正しいんだと徹底的に万里子に仕込まれているので、もはやそういうもんだと思っていた。あるいは、どうしてこの時代では、できる限り汚い言葉遣いで相手を罵らなくてはいけないのか、やはり理解不能だったが、それももはや受け止めていた。

「じゃあ、クソッタレのてめえら!次の曲いくぜえええええ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 ライブは既に、エクスタシーを迎えようとしていた。





 ♪ゴッドブレスユー♪


 お前が俺を変えてくれた

 お前の思いが お前の愛が

 孤独に飲まれた若者を

 闇に堕ちた弱き者を

 神の加護か、純粋な心か

 まっすぐな思いか、神の愛か

 ゴッドブレスユー

 ゴッドブレスユー




 仲間が俺を変えてくれた

 仲間の思いが 仲間の愛が

 傷つき討たれた戦士を

 砕け散った祖国を

 神の加護か、純粋な心か

 まっすぐな思いか、神の愛か

 ゴッドブレスユー

 ゴッドブレスユー





 それは、まだ叫聖朱が初期のライブを行っている頃の話だ。ある時

『今日はみなさん、私たちの演奏を聴きに来てくれて、どうもありがとう』

とか爽やかに手を振ったら、その後の控え室で万里子からさんざんどつかれたものだった。

「違う違う違う!何もかも間違ってる!吉雄!ヘビメタってのはね、ロックなのよ。反体制なの!わかる?かしこまってへらへらしてちゃダメなの!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ万里子、ただ、私はみんなに感謝を伝えようとしただけだ」

 そう説明してわかってもらおうとした吉雄だったが、彼女はまったく聞く耳を持とうとしない。

 あろうことか、歯を食いしばれ!と万里子は叫び、吉雄の右頬を殴り飛ばした。

「痛いか!痛いか吉雄!その痛みがロックなんだよ!痛めつけられ、傷つけられ、世間からつまはじきにされて、それでも立ち上がろうとするのがロックなんだ!」

 頬を真っ赤にして、バタンと床につっぷしながら振り返ると万里子がはらはらと涙を流している。いつもは天真爛漫に明るい性格の万里子が、打って変わって悲痛な顔をしているのが、吉雄にもわかった。

「見てよ!あたしの腕、あたしの身体!」

 黒のゴシックメタル衣装、長い手袋をめくると、そこには無数のリストカットの跡がある。

「これがあたしの痛みなんだよ。ずっと隠してるけど、誰にも見られないようにしてるけど、これに負けないってことがあたしの力なんだ!」

 ぐっと唾を吉雄は飲み込んだ。ああ、あの傷。私の傷とおなじだ。きっと万里子も、権力の手によってズダズダに切り裂かれたに違いない、と唇を噛んだ。彼女にもきっと、私と同じように語ることのできない過去があったに違いない。それは互いに傷ついた者同士、響くものがあるのだ。

「・・・・・・わかる。わかるぞ、私には伝わる!万里子!さあもっと私を殴ってくれ!お前の痛みを私も、一緒に共有したいんだ!」

「だから違うって言ってるしょやー!“私”じゃなくて“俺”って言わなきゃだめなのー!」

 ばっこーん!

と今度は吉雄の左頬が腫れ上がる。

「さあ、言ってみろ!私じゃない、『俺!』。そして、みなさんじゃない、『おまえら!』」

「・・・・・・俺!」

「声が小さい!」

「俺!」

「もっと!」

「俺!」

「もっとよ吉雄!」

「俺―っ」

「もっと激しく!天を衝くように!絶叫するの!」

「俺―――――えええええっ!おまえらーーーーああああ!」

「そうよーっ!それよーっ!」

 拳を天に仰ぎながら絶叫する吉雄に、泣きながら万里子が飛びついてきた。もう、むぎゅっとか、ぱふっとかを通り過ぎて、熱狂的に激しい抱擁に違いなかった。互いに抱き合って、さっきまで殴りつけていた手を吉雄の背中に回し、まさぐるように這いまわす万里子である。

 そのまま二人は、床に倒れこみ、ゴロゴロと転がりまわる。

 ああ、万里子が上になり、ああ、吉雄が上になり、互いに互いの心の傷を埋め合い続ける。



 吉雄は、この哀れな少女を心から愛しく感じた。

 ああ、神よ。この弱きもの、虐げられし者を救いたまえ。この傷ついた身体と心をどうか癒したまえ!

 そう祈りながら、そのまま二人は涙で顔中をくちゃくちゃにしながら唇を重ねるのだった。

「吉雄、あなたが大好き」

「私も、万里子が愛しい」

 愛とは何か。神よりの大いなる愛に満たされたことはあっても、自分がこんなにも誰かを愛しいと感じたことはあっただろうか。数多くの弱き者に手を差し伸べたことはあっても、これほどまでに熱いパッションが湧きあがったことがあっただろうか。義務でも、憐憫でもない、自分を突き動かすような衝動が、これが愛だ。愛なのだと彼は感じた。

 イスラエルに伝統的に伝わる聖なる言葉が、吉雄の頭をよぎる。

『産めよ、増えよ、地に満ちよ』

 それは、まごうことなき神の思し召しであった。



(6へつづく)

2018年5月22日火曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 4  ウメコの”知らない世界”



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 激しいメタルナンバーのみならず、しっとりとしたバラードにも定評があるのが「叫聖朱」の売りであった。

 時に切ないラブソングは、遠く離れて会えない大切な人を思い、また時にしんみりと、自分の心を歌い上げるバラードが、男子女子ともに聴衆の琴線に触れる、それが叫聖朱のナンバーのよさである。

 すでに佳境に差し掛かったライブでは、人気の曲「エンドレスパラダイス」の演奏に入っていた。

 涙を流すように歌う吉雄の高音が、会場に響くと熱狂の中にも時折すすり泣きが聞こえるようになる。

 静寂とざわめき、そして鼻をすする音を混じらせながら、この曲を聴いて、誰もが愛しい人と永遠の時間を過ごすことを願わざるを得なかった。

 吉雄は、歌いながらちらりと舞台の袖を見る。そこには、温かいまなざしでじっと彼を見る万里子の姿がある。

 万里子にも、そして会場のみんなにも、ああ、そして世界中の人にこの歌が届けばいい。そんな祈りを込めて、吉雄はしっとりと歌い上げていった。




♪エンドレスパラダイス♪


 行くあてのない俺に愛はあるのか

 傷ついた身体で彷徨いながら

 憎みあう人々の群れ

 殺しあう心と心

 震える魂に記憶が突き刺さる

 ああ、許し合うことができるなら

 ああ、愛を届けることができるなら

 エンドレスパラダイス

 永遠の場所へ

 エンドレスパラダイス

 二人いつまでも




 血を吐いた俺に明日はあるのか

 戸惑いが彷徨いながら

 罵りあう人々の群れ

 妬みあう心と心

 過ぎ去った日はもう戻らない

 ああ、許し合うことができるなら

 ああ、愛を届けることができるなら

 エンドレスパラダイス

 永遠の場所へ

 エンドレスパラダイス

 二人いつまでも




 毎度のことであるが、ライブを終えると、メンバーの溜まり場となっていた「ゴモラ」で、姉さんたちが作ってくれたラーメンをすするのが日課のようになっていた。

 メンバーのラーメン好きは有名で、ラーメン店でライブを決行するなど、もはや叫聖朱のラーメンエピソードはファンの間でも伝説になっている。

  もし当時の吉雄たちの快進撃ぶりを見たいと思うならyoutubeで「ヘビメタ ラーメン」と検索してみるといい、きっと衝撃の映像がアップされているはずだ。



 もちろん、その日もラーメンをすすりながら、ゴモラのカウンター奥にあるカラオケモニタ兼用の液晶テレビで、おねえたちと吉雄たちは、偶然ニュースを見ていたのである。

 『・・・・・・本日、イスラエルのラビン首相が、テルアビブの平和集会の会場で、反対派によって射殺されました』

 吉雄にとっては、聞きなれた地名だった。思わずテレビを食い入るように見つめる。

『・・・・・・なお犯人は反対派のユダヤ人青年で、ヨルダンとの平和条約の調印に対して和平反対を主張していた模様です。ラビン首相はアラファト議長と劇的な和平交渉を成功させた功績で、ノーベル平和賞を受賞していましたが、国民の間には悲しみが広がっています』

 そんなニュースが流れている。さっきまでアホ話に興じていたと思ったのに、吉雄が急に真顔になっているもんだから、メンバーをはじめおねえたちも「どうしたの?」と心配になっている。

「いや、よくわからないんだけど、こんな話をしてもわかってもらえないかもしれないが・・・・・・私がいたのはヨルダン地方なんだ。イスラエルとかテルアビブとか、よく知っている名前が出たものだから、つい。でも、何を言っているのかこのテレビの中の言葉の意味が理解できない」

 テレビそのものにはいつの間にか順応していた吉雄だが、そのあたりはもうすでに端折ってしまっているので、懸命なる読者諸君はさらっとスルーして欲しい。そんなことを言い始めると、吉雄と万里子が山の手線で渋谷へ移動するシーンとか、そもそも電車は馬車のでっかい版で、どこかに馬達が隠れているのかとか、そういうややこしい吉雄の疑問をいちいち描かなくてはいけないことくらい、わかるだろう。な、わかってくれ。

 だからここまでさらっと来たのだ。さらっと。な。

 しかし、重要ポイントなので話を元へ戻そう。テレビのニュースを見て、吉雄が苦悩するのはもっともなことだった。現代の日本において、中東の話題がニュースになるなんてことは、日常的にはほとんどない。

 いや、9.11以降、2000年代に入ってからはイラク情勢やら、あるいはテロリズムがらみで中東のニュースも一気に増えるのだが、この頃まだ2000年を迎える直前の世紀末には、日本において中東の話題なんてめったに取り上げられることはなかったのである。



「吉雄ちゃんって、イスラエルから来たの?」

 へえ、と興味深そうに言ったのは、ウメコ・ラグジュアリーという源氏名のお姉さんだった。

「ああ、イスラエルから来た、私はヘブライ人だ。ここの人たちは遠い異国で、そう話しても伝わらないと思ったので、あまり口にしたことはなかったが」

 え?エルサルバドルじゃなかったの?と頓珍漢なことを言う女子が一人いたが、それもこの際スルーしていいだろう。もちろん万里子のことである。

「私の国は、元は同族たちの王国だったが、分裂して最終的にはローマに支配されてしまった。私は故郷で、異国民の支配に屈せず、正しい祈りを神に捧げればきっと祖国を取り戻せると信じていたんだ」

 もう、昔のことだとでも言うような雰囲気で、吉雄は言う。それもそのはず、彼はそれを果たせず、ローマに屈してしまった記憶をも併せ持っているからだった。

「あらまあ、吉雄ちゃんって、すごい話を知ってるのね」

 目をこれでもかというくらい見開いて、ウメコは驚きを隠さない。

「あたしね。これでも昔高校教師だったのよ。野球部とかも持ってて生徒たちと甲子園目指してたんだけど、違うタマをおっかけちゃってさ」

 ぶはははは、とみんなが笑う。

「専門は地歴公民よ。ちょっと吉雄ちゃんそこに直りなさい。大事なお話してあげるわ」

 そう言うと、ウメコはイスラエルの歴史について、丁寧に語り始めるのだった。

「吉雄ちゃんが言っているのは、イスラエルの歴史の一番スタートみたいな大事なところ。元々、イスラエルという国は、ダビデというイケメンが王様としてはじまったんだけど、南北に分裂したり、吉雄ちゃんの言うようにローマ帝国に支配されちゃったりするのよ」

「はい先生。知ってる、全裸の像でしょ?ダビデ」

 万里子が手を挙げて言う。フィレンツェの美術館にあるミケランジェロの像のことを言っているのだが、当然ここの面子だと

「あれはちょっと小さすぎよね」

とか

「そもそも割礼されてないのがおかしいのよ」

「えーそうなの?一皮むけてないの?」

とか、身体の一部分についての批評が始まってしまう。



「はいはい、脱線しないの。話を元に戻すわよ」

 パンパンと手を叩いて、はい注目とウメコは続ける。さすがは元教師らしい喋りである。

「でね、イスラエルはローマの属国になってしまうんだけど、その後、ローマからの独立運動やら戦闘やらが起きてね、結局エルサレムの神殿が破壊されてイスラエル人は散り散りバラバラに離散してしまうの。これ『ディアスポラ(離散)』ってテストにも出るから覚えといてね」

 エルサレムの神殿が破壊された?その言葉を聞いて、愕然としている男が一人いた。もちろん吉雄であった。腐敗に満ちた神殿、過ちを犯した祭司や神官たちであったが、そこまで神はお怒りになられたのかと声を上げることすらできなかったのだ。

 そしてローマに対しての戦争。それはまさに、吉雄たちがあっちで生きた時代を取り巻く機運そのものだった。ローマに寄り添う者もいれば、ローマに歯向かうものもいた。そして火種は、大きな戦乱へと繋がっていったというのか。

 まざまざと吉雄はエルサレムにいた時のことを思い出した。

「くっ」

と声にならない痛みが全身を襲う。もはや傷跡としてしか残っていないが、吉雄は確かにあの時ローマに捕らえられ、十字架に掛けられ、槍で突かれたのだ。手のひらに残る釘の跡、わき腹に残る切り裂かれた傷跡、それらがいっせいに疼き、声鳴き悲鳴を挙げていた。

 でも、その後を聞きたい、と吉雄は思った。その続きが聞きたい、もっと、もっと話してくれウメコ・ラグジュアリー!私はその後が聞きたいんだ、とウメコを真剣に見た。

「でも、ローマの支配も永遠ではなかったわ。簡単に言えばイスラエル時代の最後に、この地はイスラエルの民が嫌っていたペリシテ人の名前から『パレスチナ』っていう名がつけられたんだけど、なんていうかもうイスラエル人の土地じゃなくなっちゃったのね。だから周辺からいろんな民族が入り込んでくるややこしい地域になっちゃったのよ。

 で、そのローマもイスラム帝国に負けちゃったもんだから、長い間アラブの人たちの住む土地になってしまったの。要するにイスラエル人はそこにはほとんどいなくなっちゃったというわけ」

 ・・・・・・神に正しく祈らなかったからだ。神をきちんと信仰しなかったからだ、と吉雄は思った。本当に酷い話だ。わが民族は、そこまで苦難を味わうことになったのか、と吉雄は自分の無力さを実感した。

 あの時、もし私がローマに捕らえられなかったとしても、あるいは、仲間たちとまだまだ活動できたとしても、私の小さな力では、イスラエルの人々のゆがみを正すことなんて、できなかったんだ、と悔やんだ。

 ああ、取るに足りない子羊である私を、あるいはイスラエルの民を、どうか神よ!そんな形で見放さないでください!と思わず吉雄は祈った。

「それからね、けっこうこのへんはややこしいから端折るわね。要するに、もっと近代になって、『イスラエルを復活させようぜ』みたいな機運が高まって、それにイギリスをはじめとする欧米がバックアップするようになるのよ。第一次世界大戦から第二次世界大戦以降にかけて、軍事力がある欧米諸国がイスラエル復活を手助けするわけ。で、イスラエルは無事に新しい国としてちゃんとできるんだけど、困ったことが起きたの」

 イスラエルが復活した?それはまさに希望の福音に相違なかった。

「ほ、本当なのかウメコ。イスラエルは国として再び立ち上がったのか?」

 身を乗り出してそう言う吉雄に、ウメコは指先をちっちっと横に振る。

「でもねえ、それで万事解決じゃないのよ。そりゃあ、イスラエル人のあなたからすれば、国がちゃんと復活するのは嬉しいでしょ?でも、よく考えてみて、すーーーーーごく、とってもとってもとっても長い間、そこにはイスラエル人は居なかったわけだから、その土地には別の人たちが住んでるの。これって大変なことよね」

「・・・・・・パレスチナ人」

 吉雄と、何人かがそう呟く。

「そう!大正解。この人たちから見れば、イスラエルの建国ってどう見える?」

「よそ者、異邦人が、自分たちの土地を奪ったように見える、ということか」

「ねー。そうでしょ。絶対そうなるよねー」

 そこに居たみんなが、引きこまれるようにウメコの話に聞き入っていた。イスラエル人の気持ちも、パレスチナ人の気持ちもどちらもわかる。

「だからずっと、この二つの勢力の間で、争いが起き続けたの。今日亡くなったラビンさんは、イスラエル側からパレスチナ側へ平和を模索していたけれど、結局反対派に殺されちゃったってわけ」

「・・・・・・」

 そこにいる誰もが、言葉を失っていた。こうすべきだとか、こうすべきだったとか、こうすればいいんじゃないか、という答えが見つからないからだった。

「何年、そんなことを続けてるかわかる?吉雄ちゃん」

「わからない。そんな争いはいつまで続いているんだ」

「ざっと考えても2000年間。ずっと、ずっとそんなことをやってるのよ」

 2000年もの間、民は彷徨い続けているというのか。いや、もっとだ。モーセがエジプトを脱出した時も、カナンの地にたどり着くまで荒野を彷徨ったんだ。

 自分の知っているよりもはるかに長く、それは途方もない期間、イスラエルの民は神への祈りも迷い続けてきたというのか。

 いや、これこそまさに、神の審判なのだろうと、吉雄は吉雄なりにその壮大な歴史物語を咀嚼しようとしていた。

 ウメコは言った。イスラエルという国は復活したと。祖国が復活するという確かな希望がそこにあるのだ。

 しかし同時にまた、パレスチナ問題や、ローマ亡き後のディアスポラの苦難など、神の裁きとも言
うべき仕打ちも存在する。

 これこそまさに神の導きであり、善なることも悪なることも神はきちんと清算なさるのだ、という確信ではないか。

「神の王国はかならず来る。それは希望と考えていいのかな」

 ウメコに向かって、吉雄は尋ねる。

「ええ、問題山積だけど、イスラエル人にとっては確かな希望ね」

「そして、罪深きものは、裁かれることも」

「ええ、それもそうかもね。その通り、彼らは苦難の歴史だった。ついでに言っとくわ。エルサレムの神殿は、破壊された後、まだ再建されていないの。イスラエル人にとってはこの2000年の物語は過去じゃなくて、現在であって、かつ未来なのよ」

 衝撃だった。吉雄にとっては、あの思い出深いエルサレムの神殿がのちに破壊され、そして、2000年経ってもそれは再建されていないという。

 だとすれば、吉雄たちイスラエルの民にとってなすべきことはただ一つしかない。それは、イスラエルという国の復興に加えての、エルサレム神殿の復興ではないか!

 吉雄にとっても、これははるか昔の過去の話ではない、今からでも、離れているこの地であっても「エルサレム神殿」の再興に思いを馳せることは、まさに希望なのではないか!

 だとすれば私は歌おう。歌い続けよう。この思いを語り続けよう、と吉雄は思った。一旦はくじけそうになったけれど、ローマに討たれて潰えてしまったと思ったけれど、自分にはまだ使命があるじゃないか!と吉雄は元気が出る思いだった。

 そしてもし、もしあちらの世界に帰ることができるなら、未来に対しての「希望」を福音として述べ伝えよう、と決意した。

 恐らくわたしがたどり着いたのは未来の異国なのだ。だとすれば、もしあの時代に戻れるのであれば、「王国は必ず蘇る」と伝えたい、みんなに希望をもたらしたい、と心から願った。

 だが、同時に、心が正しくなければ、神に心から仕えなければ、それ相応の裁きを受けることも事実なのだろう。

 希望と裁き。これはどちらも両輪のように重要なのだ。私はこの世界で見聞きしたことを、黙示録としてあの時代の仲間たちへ伝えるべきなのだ、と。

 ああ、神よ。できることならば私を再びあちらの世界へ戻してください。それが叶うならばあなたの導かれる未来の真実を、余すことなく人々に伝道して回るのに!

 吉雄には、再びあの頃の生気が漲っていた。

 私には使命がある。それはこの世界においても、あの世界においても変わらない。

 そう吉雄は再び決意したのである。




(5へつづく)

2018年5月21日月曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 3  BANDやろうぜ



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■ またまた作者多忙につき、通常のブログ更新を休載します。前回の続きですよ。


 諸事情で仕事の依頼がひっきりなしで、全然終わらないので、自動運転に切り替えます。


 おおむね1日おきに続きを更新しますので、どうぞ。


 キリスト教とはいったいなんなのか!信仰とはどういうことなのか!ということが中学生でも理解できる名作です。


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 https://talkmaker.com/works/b0c04591422427ceda5bc3fbf689e1ff.html




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 そのナンバーのイントロが始まったとたん、観衆の絶叫がさらに激しくなった。叫聖朱ではおなじみの、観客も一緒になって歌うあの曲だと誰もがわかったからだ。両手で十の字をを作って、バンドのメンバーも観客も一緒に飛び跳ねはじめた。それから、休む間もなく2曲続けてのへビィサウンドが続く。誰もが恍惚状態で激しく身体を揺さぶっていた。これが叫聖朱のライブだ!これが吉雄のシャウトなんだ!という名曲が続く。



 
♪ 十 ~CROSS~♪

 
 脇を貫くロンギヌス 闇を貫くパラドクス
 
 激しい傷みを感じる時 叫び声がこだまする


 さび付いた釘 凍てついた心
 
 張り裂けそうなこの思い 神への声がこだまする

 
 十字架にかけろ 十字架にかけろ

 民の叫びがこだまする



 CROSS! CROSS! CROSS!

 トラウマになるほど裁いてやる

 CROSS! CROSS! CROSS!

 お前はダメだと烙印を押す

 CROSS! CROSS! CROSS!




♪ワインブラッド♪


 俺の身体は血に染まった

 逃げることもできず、応えることもできない

 幻覚が追いかけてくる 切り刻まれた体

 孤独な悲劇が俺を襲う

 流れる血は朱く

 流れる血はワインのよう

 これが俺の血なのか

 これは俺の血だったのか。


 ワインブラッド

 ワインブラッド

 噴出す血潮

 ワインブラッド





  渋谷のライブハウスで活動する、とあるバンドがめちゃめちゃ「イケてる」と噂になり始めたのは、それからほどなくしてのことであった。

 バンドの名前は「叫聖朱」ボーカルとギターを野々村吉雄が務めるヘヴィでメタルなバンドである。

 あの日、万里子が追っかけているメタル系バンドのライブに連れていかれた吉雄は、その光景に衝撃を受けた。

 悪魔だ、悪魔崇拝の魔窟だ。最初はそう思い、身震いし、思わず両手を握り締めて神に祈る。騒音だらけの会場で、何を言っているのかわからない歌詞。ノイズ、やたら二つに分かれた舌を出してくる蛇男。邪悪な髑髏を身にまとった異教の者達が、踊り狂っている。

 吉雄がこれまで崇拝してきた神とは全く異なる世界がそこにあり、そしてまたあえて言うなら、吉雄がこれまで見てきた異教の信仰とも全く異なる世界がそこにあった。

 しかし、万里子にカクテルを飲まされ、心底嬉しそうに音楽に身を任せる万里子を見ていると、ただ恐れにガチガチになっていた吉雄は、すこし心にゆとりが生まれ、また異なる感情、感覚が沸き起こってくるのを知った。

 気付けば、サンダルを履いた足元が、流れる音楽のビートに合わせて同じリズムを刻んでいる。

 いかんいかん。これは悪魔の誘惑だ、とぶるぶる頭を振って、慌てて足を止めても、またいつのまにか身体の一部が動いてしまっている。

 それよりも何よりも、万里子が幸せそうに見える。朝から晩まで忙しそうに走り回って、いなくなったり現れたり、あんな格好やこんな格好にめまぐるしく変化する慌しい万里子が、このライブとやらの間は、心から幸せそうな顔をしているのだ。

 吉雄には、このことが少しうらやましく感じた。真の神の加護によって人が幸せになるというのならいざ知らず、邪教の教えにこれほどまでの表情を見せるというのは、いったいどういうことなんだろう、と不可思議に思えた。

 あるいは、これは音楽のせいなのか。見たことのない竪琴や、見たことのない太鼓、異教で異国の楽器の数々、しかし、それが奏でる調べが、人々を熱くする何かを生み出していることは間違いない。

 ああ、神よ。これもまた比類なき神のみわざなのですか!

と天を仰ぐ。いや、黒塗りの天上には、血走ったようにライトの明かりがぐるぐると回っている。

 吉雄の中には、民の声が蘇った。自分を熱狂して歓喜のうちに迎えたルサレムの民たちの姿を、この悪魔教のライブにも見た。

 そして、自分がかつて「あっちの側」にいたことを、少しは思い出した。さらに今の自分が本当に小さくなっていて「こっちの側」にいることも残念に思えた。

 ああ、そうだ。私は、私には使命があったのだ。

 このわけのわからない世界に来て、すっかり萎縮してしまっていたけれど、私には師であるヨハネの思いを伝えるという目標があったのだ、と思った。

 しかし、ここにいるのはエルサレムの民ではない。恐らくは異国の民だ。同族でなければ、神の心を伝えるのは無意味で無価値なのだろうか、とも思った。

 そんなことはない。

 そんなことはないはずだ。と吉雄は固く思う。

 たとえ異国の者たちであっても、真の神の福音を告げることには価値がないはずなんてないではないか。なぜなら、彼らも神の被造物であるからだ。

 私は失敗者だった。祭司たちにも、ローマ人たちにも神のことばを伝えられないまま、落伍して死んだ。敗北だった。仲間はどうしているだろう。だが、あの最後のゲッセマネの園で、散り散りになった姿を見れば、リーダーとして残念に思わざるを得なかった。

 ユダのことも心残りで痛ましかった。マグダラのマリアとてそうだ。

 そんな思いに包まれていた吉雄だったが、猛烈にあの頃に戻りたいという気持ちが生まれてくるのを感じた。

「万里子」

 傍らの万里子に言う。

「え?なに?どしたの?もっと大きな声で言って?」

「万里子!私もあれをやってみたい」

「はい?あれって何?まさか!吉雄もバンドやりたいの?」

 けたけたけたと万里子は笑う。でも、バシバシ吉雄の背中を叩いて言う。

「面白い!いいかもしんない!やろうやろう!バンドやろうぜ!吉雄ちゃん!」

 それならあたしに全部任せて!と万里子の心にも火がついた。

 イケメンボーカルのヘビメタバンド。おっかけじゃなく、今度はあたしが育てるのだ、と思うと彼女もなんだかワクワクするのを感じていた。



 野々村吉雄というアラブ系日本人を作り上げるのは、二丁目界隈の人脈ではそれほど難しいことではない。

 バー「ゴモラ」のおねえさんやママの協力で、偽造パスポートもビザもそれほど苦労なく入手することができたが、もちろん吉雄自身にとっては、その価値も意味もよくわからないままだった。この世界では、設定上万里子の親族ということになるそうだ。

 いや、それでいいのだ。そんなことは瑣末なことで、取るに足りない。

 万里子たちにとっては、吉雄を中心とした「叫聖朱」というバンドを育てることこそが、今一番の楽しみで生きがいなのだから。

「最初はね、コードが5つくらい弾ければいいのよ~」

と二丁目の姉?兄たちが吉雄にエレキギターを教えてくれた。

「なんならエアギターでもいいんじゃない?ほら、TMなんとかのギターだって、本当は弾いてないって噂があるくらいなんだから!」

「いやーん、吉雄ちゃんイケメンだわー。惚れ惚れしちゃう」

「ちょっとまってよ~。よく考えたら野々村吉雄って、ノムラのよっちゃんみたいね!」

 ガハハと、ノースリーブマッチョの姉?兄が笑う。その筋肉を見て、吉雄は少し師匠であるバプテストのヨハネやその弟子たちを思い出した。



 万里子の顔の広さで、バンドのメンバーはすぐに集まった。コピー中心だったものやオリジナルをやっているものなど、顔ぶれは多彩だったが、吉雄と話をすると、みなすぐに打ち解けてその心を掴まれた。

 このあたりは昔取ったなんとやらで、人の心を動かすのは、吉雄の得意技だった。いやもちろん、騙したり手玉に取るようなまねをしたわけではなく、それは生来の吉雄の人柄ゆえであることを申し添えておく。

 「私には、伝えたいことがあるんだ」

と歌詞を書くのは、吉雄の仕事になった。曲はメンバーが手分けして作り始めた。

 小さなライブハウスからのスタートだったが、吉雄が歌うと、女子たちはうっとりと聞きほれた。その歌詞に、心を捉えられ、すぐにファンが増えた。

 まるで、ガリラヤで宣教をはじめたあの頃のように、吉雄は神の言葉が人々に届くのを実感し始めた。

 異邦人であっても、正しい行いをすれば神はきっと救ってくださる。吉雄自身がそう実感するようになっていった。

 もう、ローマ人やローマ人の支配を憎むような気持ちも、すっかり消えていた。




(4へつづく)

2018年5月20日日曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 2  紅海のゴモラ



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  ズッダンズズダン、ズッダッズッダッ・・・・・・。

 スローリーなテンポから一転して、次のナンバーは、超絶早いドラムがリズムを刻む。
ワーッと、観衆のどよめきが大きくなり、みんながいっせいに手拍子を始めた。叫聖朱ファンにはおなじみのナンバー『紅海』の演奏が始まったのだ。

「紅海だーーーーー!!!」

 吉雄が絶叫すると、ファンも、バンドのメンバーも呼応して絶叫する。ハイスピードなビートが、全てを包み込むようだった。



♪紅海♪

 ドントルックバック ナイルの大地を

 アウェイフローム オアシスの堕落

 砂の嵐が吹きぬける 荒野へ

 異民族の支配にもう耐えられない

 すれ違う王と預言者

 幼児(おさなご)が死んでゆく



 俺たちは走り出すんだ。追って来るのは軍勢

 神がそばにいることをそれだけを信じて走れ



 紅海 紅海 俺たちを止める奴はいない

 紅海 紅海 海が割れるぜ 道ができるぜ



 紅海 紅海 俺たちを止める奴はもういない

 紅海 紅海 海の神様 子牛じゃねえぜ




 パスポートがどうとか、ビザがどうとか言われても、わかるわけがない。おまけに不法入国、不法就労、だのさらに意味不明な言葉に理解は追いつかない。

 ヨシュア、いや吉雄には、自分が置かれている状況がさらにさっぱり理解できなかった。

 朝の講義に間に合わないことを悟った万里子は、嫌々ながら・・・・・・というよりこのイケメンの外国人と離れたくないと感じた万里子は、そのままとって返して歌舞伎町の知り合いの店に吉雄をかつぎこんだ。

 勤務しているキャバクラではないが、万里子が頼りにしている友人がこの店で働いているのだ。

 その店の名は、二丁目の「ゴモラ」という。ぬっと店の奥から姿を現したのは、想像通りのそっち系のおねえさんだった。

「あっら~。万里子ちゃんじゃない~。それにとってもイ・ケ・メ・ンなそのおにいさんはどおしたのおおおお~」

 すべての発音に濁点がつくような発声をする、その「見た目は女、中身は男」なおに、、、ねいさんは、すぐに吉雄の手を取る。

「え?この人?どこから来たの?わかんないの?アメリカ人じゃないわよねえ。アラブ?中東?まあ、ヒゲロンゲがいけてるわあ。もしかして、あれ?テロとかそんなやつ?いっやーんこっわいいい」

 万里子と何やら自分のことを話しているようだが、何を言っているのかさっぱり理解できない。言語というより概念がそもそも意味不明なのだ。なんとか理解できるのは、自分がこの平たい顔の民族とは違い、彼らにとっては自分こそが異邦人であるということくらいだった。

 恐らくは神の思し召しか何かわからないけれど、遠い異国へ飛ばされてしまったらしい、と吉雄はごくりとつばを飲み込んだ。

「っでさあ、この人なーんにも持ってないのよ~。この変な服でしょ?あと、はだしだし、身分証みたいなの全然持ってないんだもん」

 万里子が困った顔をしている。

「いやあああん、税関?入管?捕まっちゃうううう」

 おっさ、、、、お姉さんがあっちょんぶりけな顔をして騒ぐ。

「捕まっちゃうよね、やっぱり。・・・・・・うーん、せっかくのあたしのタイプなのに、それはまずいなあ。よし、かくまっちゃう!」

 決心したかのように、拳を握りしめる万里子に、ゴモラのお姉さんも

「いざとなったら、いろんなヤベめな人紹介してあげるから、・・・・・・うふん。がんばっちゃいなさい~」

と、わき腹のあたりで手を振っている。

 かくして身寄りのない吉雄は、野々村万里子の6畳一間のアパートへ、転がり込むことになったのであった。これが神の思し召しだったのだとすれば、敬虔なる神の僕ヨシュアにとっては、とんでもない試練であったに違いない。ああ、神も仏もないというのは、まさにこのことを言うのである。



 そもそもなぜ、大学生の万里子がキャバ嬢という夜のバイトをせねばならなくなっているかといえば、彼女のもう一つの顔のせいであった。

 はっきり言って万里子のアパートの隅で、体育座りをしながら小さくなっている吉雄であったが、未だに一体全体何がどうなっているのかさっぱりわかっていない。

 もしかするとこれは夢で、悪魔による幻を見せられているのかもしれない、とも思う。そうだ、きっとそうだ。私はまだ死の縁を彷徨っていて、意味のわからない黙示録を神か悪魔に見せられているのだ、と必死で思い込むようになっていた。

「ああ、神よ、どうしてこのような試練を私にお与えになるのですか」

 そう吉雄は何度も何度も祈ったが、悪夢は全然醒めそうになかった。

 それどころか、はじめ天使かと誤認したこの女は、昼間は魔法のように姿を消していなくなるのに、夕方くらいになると変化して悪魔の本性を現すのだった。

 やっぱり悪魔だ。この女は悪魔に取り付かれている!と吉雄は混乱し、胸をかき乱されるのである。

「ねえねえ、これ見てみて、カワイイでしょ?でしょでしょ?」

 キャピキャピ飛びはねながら、万里子は服をあっという間に着替える。真っ黒な衣装、頭には角がついている。血の色の唇に変わり、牙が覗いている。茶色かった瞳が、いつのまにか片一方は緑、もう一方はブルーに怪しく光り、フリフリのたくさんついたふわふわの衣装に、これまた真っ黒なストッキングで金属鋲のついたガーターベルトな姿に化けるのだった。これこそ噂に聞く。悪魔以外の何者でもない。

「え?あたし?そうそうバンギャなのよ」

 ばんぎゃ?と聞いても、まともな読者にはなんのことかわかるまい。ましてや吉雄にも、何を意味するかわからない。説明しよう。

 バンギャ、とはバンギャルの略だと知っておいて損はない。そしてバンギャルは、バンドギャルの略だと知っておいて損はないだろう。どうして二回も略さなくてはならないのか、まったくもって我々には意味不明だが、この末法で世紀末な時代では、そういうことになっているのだから仕方がない。

 バンギャルとは、つまりは特定のバンドのおっかけをしている少女たちのことであった。そして万里子の格好の描写でなんとなく察しはつくだろうが、彼女はヘビメタバンドのおっかけをしていたのである。

 昼は大学生、夜はバンギャ。当然お金が足りない。だからライブのない日はキャバクラでバイトをして、そのお金を全部またバンドに貢ぐ。万里子の生活はその繰り返しである。それがめまぐるしく変われば換わるほど、吉雄には変化しまくる悪魔か妖怪に見えて仕方がないのであるが、それはまあ、そっとしておこう。

「そうだあ!吉雄も行こうよ!うちの推してるバンド、めっちゃカッコいいんだから!」

 そう言われて、吉雄は引っ張り出された。さすがに最初の服のままではイケてないとかで、これまた鉄の鋲がついた黒づくめの皮ジャンのようなものを着せられる。


「あっら~。吉雄、なかなか似合うじゃない!いや~、やっぱりバンドから吉雄に乗り換えよっかな」
と、万里子は嬉しそうに腕を組んだりしてくる。

 黒尽くめの二人が夜のライブに出かける様は、もはやカップル以外の何者でもないのだが、吉雄はどんどんと、神の世界から悪魔の世界へ毒されていくのを感じていた。  

 ダメだ、と思えば思うほど、万里子のおっぱいがむぎゅ、と触れて近づいてくるのだ。

 神様こんな試練はむごすぎます!と思えば思うほど、万里子のいい匂いが漂ってくるのだ。

 これは、悪魔の誘惑だ!跳ね除けねばならない!

 そう思って万里子の絡んでくる腕をどかそうとするのだが、

「どうしたのー?腕痛い?ごめんね」

とか言われちゃったりすると、

「う、ううん。・・・・・・いや、なんでもない」

とそのままにしちゃったりもする。読者諸君も吉雄、頑張れ!負けるな!と心から応援したいと思っているだろうが、男子なら一度万里子に言い寄られてみるといい、それがいかに無駄な抵抗か思い知ることになるであろう。




(3へつづく)

2018年5月19日土曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 1  途切れたメモリー

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 1 ~途切れたメモリー~



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 キリスト教とはいったいなんなのか!信仰とはどういうことなのか!ということが中学生でも理解できる名作です。


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 「叫聖朱!叫聖朱!叫聖朱!」

 それは西暦1990年代のことであった。

 世に言うところのいわゆる、”世紀末”の武道館の熱狂は、既に最高潮に達しようとしていた。薄暗く落とされた照明に、レーザービームの光が飛び交う。軽くスモークされたステージには、強烈なバックライトが逆光を生じさせている。

「YOSHIO!!!」

「キャー!」

 女の子たちの悲鳴に似た叫びが響き渡り、地鳴りのようなうねりがホールに満ちていた。真っ黒な衣装に身を包み、あるものは鮮血をしたたらせたようなメイクをしたり、またある者は手から釘を飛び出させたり、またある者は茨の冠を頭にかぶりながら、まだステージが始まっていないのに早くもヘッドバンキングで髪を振り乱したりしている。一種異様な光景が広がっているが、彼らはずっと、ある男が姿を現すのを待ち望んでいるのだ。

 やがて、

 ギュイイイイイン!

とおもむろにギターの音が響き、オープニング曲がスタートすると、

「ギャー!!」

とその叫びがさらなる絶叫に変わった。



 スモークの中に、バンドメンバーのシルエットが浮かび上がる。中でも中央に浮かぶように映った男の影に、女の子たちはいっせいに大声を上げたり、おしっこちびりそうになったり、失神したりした。

 長いストレートの髪、すらりと伸びた身長、手に持つギターの形がくっきりと映える。

「YOSHIO!!」

の声がいっそう大きくなる。男性ファン達が飛び跳ね、女性ファン達がまた一人、また一人と倒れた。

 そして、今をときめくヘビメタバンド『叫聖朱<キュウセイシュ>』のリーダーで、日本ロック界の生ける神と呼ばれたボーカル兼リードギターの

 『YOSHIOこと野々村吉雄』

は、しっとりと甘く切ない歌声で、熱狂の観衆に語るように歌い始めるのだった。

「いやああああああ!」

 観客全員が、手をクロスにして頭上に掲げる。照明がいっせいに焚かれて、あたりは天上のように純白の世界になった。



♪ フォーエバーキングダム ♪

 もう一人きりでは歩けない

 この枷が重すぎて

 背負わされた十字架が

 傷つけられることには慣れたけど

 変わり続けるこの町で

 変わり続けるこの国で

 変わらないものがあるなら



 もう一人きりでは歩けない

 この罪が重すぎて

 背負わされた十字架が

 失うものなどないけれど

 変わり続ける人々に

 変わり続けるこの世界

 変わらないものを告げよう



 フォーエバーキングダム

 フォーエバーマイラブ

 フォーエバーマイライフ




 「もう!そんなところで寝てたら轢かれるよ!危ないんだから!」

 新宿、歌舞伎町の早朝であった。バイトのキャバクラの勤務を終えて、よくわからないけど店のソファーでぶっ倒れては、吐く、死ぬと騒ぎ続けていつの間にか夜が明けた感じで、野々村万里子はそれでも大学の授業があるので、急いで帰宅する途中だった。

 急いで走って帰って着替えて、今度は大学に行かないとこれまた単位不足で吐く、死ぬと大慌ての万里子の前に、路地の真ん中でぶっ倒れている長身の若者がいたというわけである。

「もー!酔っ払うにしてもほどがあるわよ。なにこれクソ重いいい!」

 ずりずりと引きずりながら、万里子はなんとかその若者の身体を歩道側に寄せ、はあはあと息をつく。

 狭い路地とは言いながら、それでももう少しすれば、店を上がってきた水商売の店員やらなんやらがタクシーで帰るので、車通りが多くなる。その路地はちょっと蛇行していて今は暗渠になっている。元々は小川が流れていたというが、万里子にはそんなこ知る由もない。

「ちょっと、お兄さん。お兄さん。起きて!あたし学校があるのよ。起きてってば!」

 そう言いながら身体を叩く。反応がないので埒があかない。えいやっと仰向けに彼の身体を起こして、万里子はちょっとびっくりした。

「あら、外人さん」

 目を閉じているのは、端正な顔立ちで彫りの深い外国人の若者だった。特攻服のような白い着物を着ているので、最初はそこらへんにたむろしているヤンキーかと思っていたが、そうではないらしい。

 ただ、顔じゅう、あるいは衣服の裾から飛び出した手足にたくさんの古い傷のような擦れや切れ跡があるのが気になった。ケンカにでも明け暮れていたのだろうか、といった風体である。

「いやーん。ちょっと、マジこれなにこれスゴくない?イッケメーン」

 万里子は思わず叫びながら、ちょん、と彼の唇に人差し指をあててツンツンする。元より外人好きを公言して憚らない万里子であったが、倒れている彼の顔かたちこそ、ツボツボ、まさに、ツボど真ん中である。

「んーーーー。むちゅっ」

 思わずキスをしてみる。貞操もへったくれもない。もはや清く正しく美しくという概念を失った夜の女には、怖いものはないのだ。

「ん、んん。ううううう!」

 そのキスが思いのほかディープだったのか、それとものしかかる万里子の胸の重さが苦しかったのか、その外国人の若者はうめき声を上げて、それから意識を取り戻した。

「うう、ここは・・・。私はどうしてしまったんだ」

 まだぼんやりする。周囲の様子もはっきりしない。白い羽のような服を着た人物の姿が見える。ああ、これは神のみ使いなのか。そして・・・・・・い、いい匂いがする。

 私は天国へたどり着いたというのか。

「わあ!気付いた!お兄さん大丈夫?昨日は飲みすぎたの?もう、いけない子なんだからっ」

 しかし、神に召されたと思ったのもつかの間、きゃははとはしゃぐ万里子を凝視して、なんだこれは、なんなんだ、と思った。

 み使い、天使にしては品がない。羽だと思ったのはひらひらで胸元が大きく開いた淫靡なドレスで、たしかにいい匂いはするが、どうやら天上ではなく、むしろまごうことなき地上にいるらしい。
色白で透けるような肌の色が、なんとも魅惑的だが、何よりも、天使が巨乳なはずはないのだ。

「き、君は・・・・・・」

 思わず尋ねると、

「あ、あたし?野々村万里子。大学生でえっす」

と敬礼して微笑んでいる。

「ところで、お兄さんどこから来たの?お名前は?」

 そう問われて、再び彼は思った。

 ああ、私はいったいどこへ来てしまったんだ。何が私に起きているんだ。ここが天上でないとすれ
ば、今私はどこに堕とされたというのか!

「・・・・・・私の名は、ヨシュア。エルサレムから来た」

 そう、力なく答える。

「よしお?ヨシオっていうのね。エルサルバドル?いやーんイケメン外人なのにギャップ萌え~」

 言いながら、万里子は飛びつくように抱きついてくる。

 ヨシュア・・・・・・、いや、そのあと色々あって吉雄と名乗ることになる彼には、まだ何も事態が飲み込めていなかった。目を白黒させて、大都会東京の真ん中でまだ寝そべっている。わかっていることは自分が生きているということだけだった。あともう一点、万里子のおっぱいが予想よりはるかに大きいことも間違いなかった。




(2へつづく)


2018年5月8日火曜日

パートのおかん という素晴らしき存在!



 先日のワタクシのブログで、




「女性が進化するとおてぃむてぃむが生えてしまう」
https://satori-awake.blogspot.jp/2018/04/blog-post_26.html



というお話をいたしましたが、それを社会学的に補完する興味深い記事があったので、ご紹介いたしましょう。




 オジサン化するオバサンを待ち受ける孤独
https://toyokeizai.net/articles/-/219518

(東洋経済オンラインさんより)



  解脱者ムコガワは、以前より、「女性を大事にする性差別主義者」であると公言してきましたが、男性と女性の性は確実に異なるのだから、


「同じ土俵で話をするのはいけない。そこには差・違いを勘案しなくてはいけない」


とこのブログでも書いております。たぶん、どこかで。



 現代社会は、「おっさんの、おっさんによる、おっさんのための」社会であるので、かのリンカーンでさえも、基本は人民=おっさんのことしか考えていないのです。



 そこへ女性が頑張って進出してきても「おっさん化」させられるだけで、本来の「女性の、女性による、女性のための社会」が成立するはずもないのですね。



 となると、女性はいくら頑張っても疲弊するだけということになってしまいます。




 上の記事では、「家族が分断し、会社が分断し、おっさんが個として孤独になるように、おばはんもまた孤独になるのだ」という残酷な事実をつきつけます。



 とすれば、子作りも子育ても犠牲にしてバリキャリウーマンになることに、なんの意味があろうか、ということになります。


「努力して孤独になっているだけ」


なのですから。



 振り返ってみると、80年代ごろまでは、


 ■ 男女とも24とか25くらいで結婚して

 ■ こどもは2人とか3人とか産んで

 ■ おとうさんの稼ぎで基本は食べられて

 ■ でも、けして裕福ではなく団地とかに住んで

 ■ 子供にお金がかかる中高生ぐらいになると、おかんがパートに出て

 ■ 「もうあたしおばあちゃんよ」とか言いながら、次の世代が育って孫が出来る


なんて生活を、大半の男女が送っていたわけですから、ある意味今となっては


「明るい家族生活」


そのものの姿であったわけですね。



 ”パートのおかん”


は、堅実に確実に社会貢献をしていたし、スーパーやらお惣菜屋さんやら、弁当屋にいながら、しっかり報酬も稼いでいたはずなのですが。




 しかし、今や”パートのおかん”が成立しないのです。そもそも子供がいないから、


”非正規の30過ぎの元おねいさん”


とか、


”非正規の独り者のおばはん”


ばっかりなわけで、パートのおかんがいかに素晴らしい存在であったかを思いなおすと愕然とします。




 これが一体全体誰のせいか、となるとそりゃもうタジマせんせいの言うとおり、


「男が悪い」


のでしょうが、いつの世も「自分にとって都合のよい環境を作ろうとするのは、万人の本能」であるため、それを変えるには



打倒男性!



にとりくまねばならんのかもしれません。(そうなると、結局ハイエナさんになってしまうのか)





 解脱者ムコガワは社会を変革するには力が足りないので、まずはうちの専業主婦の奥さんと子供だけを幸せにするよう、ささやかに努力することにいたしましょう。