2018年5月21日月曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 3  BANDやろうぜ



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■ またまた作者多忙につき、通常のブログ更新を休載します。前回の続きですよ。


 諸事情で仕事の依頼がひっきりなしで、全然終わらないので、自動運転に切り替えます。


 おおむね1日おきに続きを更新しますので、どうぞ。


 キリスト教とはいったいなんなのか!信仰とはどういうことなのか!ということが中学生でも理解できる名作です。


■ はやく続きが読みたい人は↓ べ、べつに課金なんかないんだからね。

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 そのナンバーのイントロが始まったとたん、観衆の絶叫がさらに激しくなった。叫聖朱ではおなじみの、観客も一緒になって歌うあの曲だと誰もがわかったからだ。両手で十の字をを作って、バンドのメンバーも観客も一緒に飛び跳ねはじめた。それから、休む間もなく2曲続けてのへビィサウンドが続く。誰もが恍惚状態で激しく身体を揺さぶっていた。これが叫聖朱のライブだ!これが吉雄のシャウトなんだ!という名曲が続く。



 
♪ 十 ~CROSS~♪

 
 脇を貫くロンギヌス 闇を貫くパラドクス
 
 激しい傷みを感じる時 叫び声がこだまする


 さび付いた釘 凍てついた心
 
 張り裂けそうなこの思い 神への声がこだまする

 
 十字架にかけろ 十字架にかけろ

 民の叫びがこだまする



 CROSS! CROSS! CROSS!

 トラウマになるほど裁いてやる

 CROSS! CROSS! CROSS!

 お前はダメだと烙印を押す

 CROSS! CROSS! CROSS!




♪ワインブラッド♪


 俺の身体は血に染まった

 逃げることもできず、応えることもできない

 幻覚が追いかけてくる 切り刻まれた体

 孤独な悲劇が俺を襲う

 流れる血は朱く

 流れる血はワインのよう

 これが俺の血なのか

 これは俺の血だったのか。


 ワインブラッド

 ワインブラッド

 噴出す血潮

 ワインブラッド





  渋谷のライブハウスで活動する、とあるバンドがめちゃめちゃ「イケてる」と噂になり始めたのは、それからほどなくしてのことであった。

 バンドの名前は「叫聖朱」ボーカルとギターを野々村吉雄が務めるヘヴィでメタルなバンドである。

 あの日、万里子が追っかけているメタル系バンドのライブに連れていかれた吉雄は、その光景に衝撃を受けた。

 悪魔だ、悪魔崇拝の魔窟だ。最初はそう思い、身震いし、思わず両手を握り締めて神に祈る。騒音だらけの会場で、何を言っているのかわからない歌詞。ノイズ、やたら二つに分かれた舌を出してくる蛇男。邪悪な髑髏を身にまとった異教の者達が、踊り狂っている。

 吉雄がこれまで崇拝してきた神とは全く異なる世界がそこにあり、そしてまたあえて言うなら、吉雄がこれまで見てきた異教の信仰とも全く異なる世界がそこにあった。

 しかし、万里子にカクテルを飲まされ、心底嬉しそうに音楽に身を任せる万里子を見ていると、ただ恐れにガチガチになっていた吉雄は、すこし心にゆとりが生まれ、また異なる感情、感覚が沸き起こってくるのを知った。

 気付けば、サンダルを履いた足元が、流れる音楽のビートに合わせて同じリズムを刻んでいる。

 いかんいかん。これは悪魔の誘惑だ、とぶるぶる頭を振って、慌てて足を止めても、またいつのまにか身体の一部が動いてしまっている。

 それよりも何よりも、万里子が幸せそうに見える。朝から晩まで忙しそうに走り回って、いなくなったり現れたり、あんな格好やこんな格好にめまぐるしく変化する慌しい万里子が、このライブとやらの間は、心から幸せそうな顔をしているのだ。

 吉雄には、このことが少しうらやましく感じた。真の神の加護によって人が幸せになるというのならいざ知らず、邪教の教えにこれほどまでの表情を見せるというのは、いったいどういうことなんだろう、と不可思議に思えた。

 あるいは、これは音楽のせいなのか。見たことのない竪琴や、見たことのない太鼓、異教で異国の楽器の数々、しかし、それが奏でる調べが、人々を熱くする何かを生み出していることは間違いない。

 ああ、神よ。これもまた比類なき神のみわざなのですか!

と天を仰ぐ。いや、黒塗りの天上には、血走ったようにライトの明かりがぐるぐると回っている。

 吉雄の中には、民の声が蘇った。自分を熱狂して歓喜のうちに迎えたルサレムの民たちの姿を、この悪魔教のライブにも見た。

 そして、自分がかつて「あっちの側」にいたことを、少しは思い出した。さらに今の自分が本当に小さくなっていて「こっちの側」にいることも残念に思えた。

 ああ、そうだ。私は、私には使命があったのだ。

 このわけのわからない世界に来て、すっかり萎縮してしまっていたけれど、私には師であるヨハネの思いを伝えるという目標があったのだ、と思った。

 しかし、ここにいるのはエルサレムの民ではない。恐らくは異国の民だ。同族でなければ、神の心を伝えるのは無意味で無価値なのだろうか、とも思った。

 そんなことはない。

 そんなことはないはずだ。と吉雄は固く思う。

 たとえ異国の者たちであっても、真の神の福音を告げることには価値がないはずなんてないではないか。なぜなら、彼らも神の被造物であるからだ。

 私は失敗者だった。祭司たちにも、ローマ人たちにも神のことばを伝えられないまま、落伍して死んだ。敗北だった。仲間はどうしているだろう。だが、あの最後のゲッセマネの園で、散り散りになった姿を見れば、リーダーとして残念に思わざるを得なかった。

 ユダのことも心残りで痛ましかった。マグダラのマリアとてそうだ。

 そんな思いに包まれていた吉雄だったが、猛烈にあの頃に戻りたいという気持ちが生まれてくるのを感じた。

「万里子」

 傍らの万里子に言う。

「え?なに?どしたの?もっと大きな声で言って?」

「万里子!私もあれをやってみたい」

「はい?あれって何?まさか!吉雄もバンドやりたいの?」

 けたけたけたと万里子は笑う。でも、バシバシ吉雄の背中を叩いて言う。

「面白い!いいかもしんない!やろうやろう!バンドやろうぜ!吉雄ちゃん!」

 それならあたしに全部任せて!と万里子の心にも火がついた。

 イケメンボーカルのヘビメタバンド。おっかけじゃなく、今度はあたしが育てるのだ、と思うと彼女もなんだかワクワクするのを感じていた。



 野々村吉雄というアラブ系日本人を作り上げるのは、二丁目界隈の人脈ではそれほど難しいことではない。

 バー「ゴモラ」のおねえさんやママの協力で、偽造パスポートもビザもそれほど苦労なく入手することができたが、もちろん吉雄自身にとっては、その価値も意味もよくわからないままだった。この世界では、設定上万里子の親族ということになるそうだ。

 いや、それでいいのだ。そんなことは瑣末なことで、取るに足りない。

 万里子たちにとっては、吉雄を中心とした「叫聖朱」というバンドを育てることこそが、今一番の楽しみで生きがいなのだから。

「最初はね、コードが5つくらい弾ければいいのよ~」

と二丁目の姉?兄たちが吉雄にエレキギターを教えてくれた。

「なんならエアギターでもいいんじゃない?ほら、TMなんとかのギターだって、本当は弾いてないって噂があるくらいなんだから!」

「いやーん、吉雄ちゃんイケメンだわー。惚れ惚れしちゃう」

「ちょっとまってよ~。よく考えたら野々村吉雄って、ノムラのよっちゃんみたいね!」

 ガハハと、ノースリーブマッチョの姉?兄が笑う。その筋肉を見て、吉雄は少し師匠であるバプテストのヨハネやその弟子たちを思い出した。



 万里子の顔の広さで、バンドのメンバーはすぐに集まった。コピー中心だったものやオリジナルをやっているものなど、顔ぶれは多彩だったが、吉雄と話をすると、みなすぐに打ち解けてその心を掴まれた。

 このあたりは昔取ったなんとやらで、人の心を動かすのは、吉雄の得意技だった。いやもちろん、騙したり手玉に取るようなまねをしたわけではなく、それは生来の吉雄の人柄ゆえであることを申し添えておく。

 「私には、伝えたいことがあるんだ」

と歌詞を書くのは、吉雄の仕事になった。曲はメンバーが手分けして作り始めた。

 小さなライブハウスからのスタートだったが、吉雄が歌うと、女子たちはうっとりと聞きほれた。その歌詞に、心を捉えられ、すぐにファンが増えた。

 まるで、ガリラヤで宣教をはじめたあの頃のように、吉雄は神の言葉が人々に届くのを実感し始めた。

 異邦人であっても、正しい行いをすれば神はきっと救ってくださる。吉雄自身がそう実感するようになっていった。

 もう、ローマ人やローマ人の支配を憎むような気持ちも、すっかり消えていた。




(4へつづく)

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