2018年5月24日木曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 6  野々村ヨシオの失踪



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■ またまた作者多忙につき、通常のブログ更新を休載します。前回の続きですよ。


 諸事情で仕事の依頼がひっきりなしで、全然終わらないので、自動運転に切り替えます。


 おおむね1日おきに続きを更新しますので、どうぞ。


 キリスト教とはいったいなんなのか!信仰とはどういうことなのか!ということが中学生でも理解できる名作です。


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 さっきまで晴天だった空が、怪しげな気配へと変化するのに、それほどの時間はかからなかった。

 あるいは武道館に集った聴衆一万四千人の熱気が、空へと届き積乱雲を生じさせたとでもいうのかもしれない。

 会場の外にも、叫聖朱のライブのどよめきは漏れている。

 あたりを歩く人々も、しばし立ち止まって空を見上げたり、手に持ったバッグを頭上に載せたりしはじめていた。曇天が頭上に広がり始める。

 やがて、ポツリ、ポツリと雨のしずくが、地上に向かって落ちてきた。それは少しずつ、大きな粒になって、しっとりと屋根や地面を濡らすようになっていったが、会場にはそのことに気付く者は誰一人いなかった。




 叫聖朱の武道館ライブは、いよいよラストナンバーを迎えようとしていた。観客の熱気はすでに計測不能であり、吉雄とメンバーのボルテージも絶頂を飛び越えている。

「イエエエエエエエ!!!!」

と吉雄が、両足をしっかりと広げて反り返りながら、ことばにならない雄たけびを上げている。

「ぬおおおおおおおお!!」

と、観客の声はすでにこだまして怒涛の地鳴りを生じさせている。

「ワールドエンドオオオオ!!」

 ラストナンバーを告げる吉雄の叫び、激しく早く、目にも留まらぬビートを刻むドラム、泣き叫ぶギター、ベース、ありとあらゆる楽器が、きしみを生じるほどに限界の回転数を記録しようとしていた。




♪ワールドエンド♪

 失いかけた意識に、神が告げた

 追い詰められた俺に天使が囁いた

 切り刻まれた体

 咲き乱れた園の花びら

 ヒステリックなやつらが騒ぐ

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 世界が終わる





 失いかけた意識に、君が告げた

 追い詰められた俺を、君は抱いた

 手首を血が流れてく

 薄れ行く視界と記憶

 サイケデリックな炎が見える

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 世界が終わる



 ワールドエンド

 ワールドエンド

 ワールドエンド

 世界がはじまる





 頭を激しく上下しながら、吉雄は歌う。すべての情熱とすべてのエネルギーをつぎ込んで、吉雄は叫ぶ。

 乱れ飛ぶ汗、はじけ飛ぶ弦、狂ったようにステージを走り回る吉雄は、倒れこみ、天を仰ぎ、痙攣する。

 メンバーがステージのアンプを蹴り倒す。スタンドマイクがあらぬ方向へぶっとぶ。

 それでも立ち上がる吉雄。それでも歌い続ける吉雄の姿が、四方八方からの照明を一心に浴びて真っ白に光り輝くのが見えた。

「イエエエエエエエエエエエ!!!!」

 再び天を仰ぐ吉雄の頭上に、天井から伝い漏れた一滴の雨のしずくがまっすぐに落ちてくるのを、誰も見たものはいなかった。

 絶叫する吉雄。

 輝く体。

 騒音の極まった世界に静寂を感じた。




 次の瞬間であった。

 ドーンというこの世のものとは思えない激しい音がして、あたりは一瞬に闇に包まれた。最初、そこにいる誰もが、何が起きたのかまったくわからず、突然に止まった演奏、・・・・・・いや、というより、まったくもって断絶してしまった電気系統のために、電気音という電気音が一切無くなった故の静けさがあたりを包み込んだ。

「きゃああああーーーーー!!」

 思い出したように観客の誰かが叫んだ。ステージの裏が慌しくなる。

「照明、照明どうした!」

「非常電源、非常電源に切り替えろ!」

 スタッフの怒号が飛ぶ。すぐに、非常出口を示す非常灯だけがほんのりと復旧するが、それ以外の電源は完全に落ちていた。

「慌てないで!みなさん落ち着いてください!」

 スタッフというスタッフが、大声で叫び出した。

「雷だ!」

 誰かがそう叫ぶのが聞こえた。放たれた出入り口の外から、激しく落ちる雨の姿が見えていた。





 突然の終演を迎えた武道館ライブだったが、ステージの上では異変が生じていた。あっけにとられて立ち尽くしているバンドのメンバー。その中央にいるはずの吉雄の姿が見えないのだ。

 ステージの真ん中には焦げたような跡だけが残り、そこに確かにいたはずの吉雄の姿は跡形もなく消えていた。愛用のモッキンバードのギターだけが、ただ転がっている。

「・・・・・・吉雄!」

 たまらなくなって袖から走り出してきた万里子の声に、応える声はなかった。

「吉雄!吉雄!」

 ステージを走る万里子。我に返ったメンバーやスタッフも吉雄の姿を一生懸命探すが、どこにも見当たらない。

「吉雄!どこ!どこへ行ったの!」

 半狂乱になった万里子の姿を、女性スタッフが抱きかかえるようにして連れてゆく。

 きっと雷に打たれたのに違いない。

 誰もがそう思い。胸の痛みを感じた。だが、それでも焼けた遺体くらいは、必ずそこにあるはずなのに、それがないということは、誰にも理解できないことだった。




 “稀代のロックバンド「叫聖朱」のボーカル、忽然と消える“

 翌日からそんな見出しが、新聞に躍った。20世紀最後の謎、世紀末最後の謎として、しばらく世間を騒がせることになった。

 ある者は

「きっと雷のエネルギーで蒸発したのだ」

と言い、科学者達が反論した。

 またある者は、

「このライブを最後に、引退して失踪したのだ」

とも言った。万里子やメンバーはその説にはどうしても納得がいかなかった。

 しかし、数日が経ち、数週間が経ち、数ヶ月が経っても、その謎が解けることはなかった。野々村吉雄という男は、まさにこの世界から消えてしまったのである。

 そう、まるで最初から、彼がそこにいなかった者であるかのように。



 世間から、叫聖朱と吉雄の記憶が薄れていった。

 万里子は、吉雄のことを忘れようと努力した。



(7へつづく)


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