2018年5月22日火曜日

【新連載】 ヘビメタ野々村吉雄の絶叫 4  ウメコの”知らない世界”



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■ またまた作者多忙につき、通常のブログ更新を休載します。前回の続きですよ。


 諸事情で仕事の依頼がひっきりなしで、全然終わらないので、自動運転に切り替えます。


 おおむね1日おきに続きを更新しますので、どうぞ。


 キリスト教とはいったいなんなのか!信仰とはどういうことなのか!ということが中学生でも理解できる名作です。


■ はやく続きが読みたい人は↓ べ、べつに課金なんかないんだからね。

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 激しいメタルナンバーのみならず、しっとりとしたバラードにも定評があるのが「叫聖朱」の売りであった。

 時に切ないラブソングは、遠く離れて会えない大切な人を思い、また時にしんみりと、自分の心を歌い上げるバラードが、男子女子ともに聴衆の琴線に触れる、それが叫聖朱のナンバーのよさである。

 すでに佳境に差し掛かったライブでは、人気の曲「エンドレスパラダイス」の演奏に入っていた。

 涙を流すように歌う吉雄の高音が、会場に響くと熱狂の中にも時折すすり泣きが聞こえるようになる。

 静寂とざわめき、そして鼻をすする音を混じらせながら、この曲を聴いて、誰もが愛しい人と永遠の時間を過ごすことを願わざるを得なかった。

 吉雄は、歌いながらちらりと舞台の袖を見る。そこには、温かいまなざしでじっと彼を見る万里子の姿がある。

 万里子にも、そして会場のみんなにも、ああ、そして世界中の人にこの歌が届けばいい。そんな祈りを込めて、吉雄はしっとりと歌い上げていった。




♪エンドレスパラダイス♪


 行くあてのない俺に愛はあるのか

 傷ついた身体で彷徨いながら

 憎みあう人々の群れ

 殺しあう心と心

 震える魂に記憶が突き刺さる

 ああ、許し合うことができるなら

 ああ、愛を届けることができるなら

 エンドレスパラダイス

 永遠の場所へ

 エンドレスパラダイス

 二人いつまでも




 血を吐いた俺に明日はあるのか

 戸惑いが彷徨いながら

 罵りあう人々の群れ

 妬みあう心と心

 過ぎ去った日はもう戻らない

 ああ、許し合うことができるなら

 ああ、愛を届けることができるなら

 エンドレスパラダイス

 永遠の場所へ

 エンドレスパラダイス

 二人いつまでも




 毎度のことであるが、ライブを終えると、メンバーの溜まり場となっていた「ゴモラ」で、姉さんたちが作ってくれたラーメンをすするのが日課のようになっていた。

 メンバーのラーメン好きは有名で、ラーメン店でライブを決行するなど、もはや叫聖朱のラーメンエピソードはファンの間でも伝説になっている。

  もし当時の吉雄たちの快進撃ぶりを見たいと思うならyoutubeで「ヘビメタ ラーメン」と検索してみるといい、きっと衝撃の映像がアップされているはずだ。



 もちろん、その日もラーメンをすすりながら、ゴモラのカウンター奥にあるカラオケモニタ兼用の液晶テレビで、おねえたちと吉雄たちは、偶然ニュースを見ていたのである。

 『・・・・・・本日、イスラエルのラビン首相が、テルアビブの平和集会の会場で、反対派によって射殺されました』

 吉雄にとっては、聞きなれた地名だった。思わずテレビを食い入るように見つめる。

『・・・・・・なお犯人は反対派のユダヤ人青年で、ヨルダンとの平和条約の調印に対して和平反対を主張していた模様です。ラビン首相はアラファト議長と劇的な和平交渉を成功させた功績で、ノーベル平和賞を受賞していましたが、国民の間には悲しみが広がっています』

 そんなニュースが流れている。さっきまでアホ話に興じていたと思ったのに、吉雄が急に真顔になっているもんだから、メンバーをはじめおねえたちも「どうしたの?」と心配になっている。

「いや、よくわからないんだけど、こんな話をしてもわかってもらえないかもしれないが・・・・・・私がいたのはヨルダン地方なんだ。イスラエルとかテルアビブとか、よく知っている名前が出たものだから、つい。でも、何を言っているのかこのテレビの中の言葉の意味が理解できない」

 テレビそのものにはいつの間にか順応していた吉雄だが、そのあたりはもうすでに端折ってしまっているので、懸命なる読者諸君はさらっとスルーして欲しい。そんなことを言い始めると、吉雄と万里子が山の手線で渋谷へ移動するシーンとか、そもそも電車は馬車のでっかい版で、どこかに馬達が隠れているのかとか、そういうややこしい吉雄の疑問をいちいち描かなくてはいけないことくらい、わかるだろう。な、わかってくれ。

 だからここまでさらっと来たのだ。さらっと。な。

 しかし、重要ポイントなので話を元へ戻そう。テレビのニュースを見て、吉雄が苦悩するのはもっともなことだった。現代の日本において、中東の話題がニュースになるなんてことは、日常的にはほとんどない。

 いや、9.11以降、2000年代に入ってからはイラク情勢やら、あるいはテロリズムがらみで中東のニュースも一気に増えるのだが、この頃まだ2000年を迎える直前の世紀末には、日本において中東の話題なんてめったに取り上げられることはなかったのである。



「吉雄ちゃんって、イスラエルから来たの?」

 へえ、と興味深そうに言ったのは、ウメコ・ラグジュアリーという源氏名のお姉さんだった。

「ああ、イスラエルから来た、私はヘブライ人だ。ここの人たちは遠い異国で、そう話しても伝わらないと思ったので、あまり口にしたことはなかったが」

 え?エルサルバドルじゃなかったの?と頓珍漢なことを言う女子が一人いたが、それもこの際スルーしていいだろう。もちろん万里子のことである。

「私の国は、元は同族たちの王国だったが、分裂して最終的にはローマに支配されてしまった。私は故郷で、異国民の支配に屈せず、正しい祈りを神に捧げればきっと祖国を取り戻せると信じていたんだ」

 もう、昔のことだとでも言うような雰囲気で、吉雄は言う。それもそのはず、彼はそれを果たせず、ローマに屈してしまった記憶をも併せ持っているからだった。

「あらまあ、吉雄ちゃんって、すごい話を知ってるのね」

 目をこれでもかというくらい見開いて、ウメコは驚きを隠さない。

「あたしね。これでも昔高校教師だったのよ。野球部とかも持ってて生徒たちと甲子園目指してたんだけど、違うタマをおっかけちゃってさ」

 ぶはははは、とみんなが笑う。

「専門は地歴公民よ。ちょっと吉雄ちゃんそこに直りなさい。大事なお話してあげるわ」

 そう言うと、ウメコはイスラエルの歴史について、丁寧に語り始めるのだった。

「吉雄ちゃんが言っているのは、イスラエルの歴史の一番スタートみたいな大事なところ。元々、イスラエルという国は、ダビデというイケメンが王様としてはじまったんだけど、南北に分裂したり、吉雄ちゃんの言うようにローマ帝国に支配されちゃったりするのよ」

「はい先生。知ってる、全裸の像でしょ?ダビデ」

 万里子が手を挙げて言う。フィレンツェの美術館にあるミケランジェロの像のことを言っているのだが、当然ここの面子だと

「あれはちょっと小さすぎよね」

とか

「そもそも割礼されてないのがおかしいのよ」

「えーそうなの?一皮むけてないの?」

とか、身体の一部分についての批評が始まってしまう。



「はいはい、脱線しないの。話を元に戻すわよ」

 パンパンと手を叩いて、はい注目とウメコは続ける。さすがは元教師らしい喋りである。

「でね、イスラエルはローマの属国になってしまうんだけど、その後、ローマからの独立運動やら戦闘やらが起きてね、結局エルサレムの神殿が破壊されてイスラエル人は散り散りバラバラに離散してしまうの。これ『ディアスポラ(離散)』ってテストにも出るから覚えといてね」

 エルサレムの神殿が破壊された?その言葉を聞いて、愕然としている男が一人いた。もちろん吉雄であった。腐敗に満ちた神殿、過ちを犯した祭司や神官たちであったが、そこまで神はお怒りになられたのかと声を上げることすらできなかったのだ。

 そしてローマに対しての戦争。それはまさに、吉雄たちがあっちで生きた時代を取り巻く機運そのものだった。ローマに寄り添う者もいれば、ローマに歯向かうものもいた。そして火種は、大きな戦乱へと繋がっていったというのか。

 まざまざと吉雄はエルサレムにいた時のことを思い出した。

「くっ」

と声にならない痛みが全身を襲う。もはや傷跡としてしか残っていないが、吉雄は確かにあの時ローマに捕らえられ、十字架に掛けられ、槍で突かれたのだ。手のひらに残る釘の跡、わき腹に残る切り裂かれた傷跡、それらがいっせいに疼き、声鳴き悲鳴を挙げていた。

 でも、その後を聞きたい、と吉雄は思った。その続きが聞きたい、もっと、もっと話してくれウメコ・ラグジュアリー!私はその後が聞きたいんだ、とウメコを真剣に見た。

「でも、ローマの支配も永遠ではなかったわ。簡単に言えばイスラエル時代の最後に、この地はイスラエルの民が嫌っていたペリシテ人の名前から『パレスチナ』っていう名がつけられたんだけど、なんていうかもうイスラエル人の土地じゃなくなっちゃったのね。だから周辺からいろんな民族が入り込んでくるややこしい地域になっちゃったのよ。

 で、そのローマもイスラム帝国に負けちゃったもんだから、長い間アラブの人たちの住む土地になってしまったの。要するにイスラエル人はそこにはほとんどいなくなっちゃったというわけ」

 ・・・・・・神に正しく祈らなかったからだ。神をきちんと信仰しなかったからだ、と吉雄は思った。本当に酷い話だ。わが民族は、そこまで苦難を味わうことになったのか、と吉雄は自分の無力さを実感した。

 あの時、もし私がローマに捕らえられなかったとしても、あるいは、仲間たちとまだまだ活動できたとしても、私の小さな力では、イスラエルの人々のゆがみを正すことなんて、できなかったんだ、と悔やんだ。

 ああ、取るに足りない子羊である私を、あるいはイスラエルの民を、どうか神よ!そんな形で見放さないでください!と思わず吉雄は祈った。

「それからね、けっこうこのへんはややこしいから端折るわね。要するに、もっと近代になって、『イスラエルを復活させようぜ』みたいな機運が高まって、それにイギリスをはじめとする欧米がバックアップするようになるのよ。第一次世界大戦から第二次世界大戦以降にかけて、軍事力がある欧米諸国がイスラエル復活を手助けするわけ。で、イスラエルは無事に新しい国としてちゃんとできるんだけど、困ったことが起きたの」

 イスラエルが復活した?それはまさに希望の福音に相違なかった。

「ほ、本当なのかウメコ。イスラエルは国として再び立ち上がったのか?」

 身を乗り出してそう言う吉雄に、ウメコは指先をちっちっと横に振る。

「でもねえ、それで万事解決じゃないのよ。そりゃあ、イスラエル人のあなたからすれば、国がちゃんと復活するのは嬉しいでしょ?でも、よく考えてみて、すーーーーーごく、とってもとってもとっても長い間、そこにはイスラエル人は居なかったわけだから、その土地には別の人たちが住んでるの。これって大変なことよね」

「・・・・・・パレスチナ人」

 吉雄と、何人かがそう呟く。

「そう!大正解。この人たちから見れば、イスラエルの建国ってどう見える?」

「よそ者、異邦人が、自分たちの土地を奪ったように見える、ということか」

「ねー。そうでしょ。絶対そうなるよねー」

 そこに居たみんなが、引きこまれるようにウメコの話に聞き入っていた。イスラエル人の気持ちも、パレスチナ人の気持ちもどちらもわかる。

「だからずっと、この二つの勢力の間で、争いが起き続けたの。今日亡くなったラビンさんは、イスラエル側からパレスチナ側へ平和を模索していたけれど、結局反対派に殺されちゃったってわけ」

「・・・・・・」

 そこにいる誰もが、言葉を失っていた。こうすべきだとか、こうすべきだったとか、こうすればいいんじゃないか、という答えが見つからないからだった。

「何年、そんなことを続けてるかわかる?吉雄ちゃん」

「わからない。そんな争いはいつまで続いているんだ」

「ざっと考えても2000年間。ずっと、ずっとそんなことをやってるのよ」

 2000年もの間、民は彷徨い続けているというのか。いや、もっとだ。モーセがエジプトを脱出した時も、カナンの地にたどり着くまで荒野を彷徨ったんだ。

 自分の知っているよりもはるかに長く、それは途方もない期間、イスラエルの民は神への祈りも迷い続けてきたというのか。

 いや、これこそまさに、神の審判なのだろうと、吉雄は吉雄なりにその壮大な歴史物語を咀嚼しようとしていた。

 ウメコは言った。イスラエルという国は復活したと。祖国が復活するという確かな希望がそこにあるのだ。

 しかし同時にまた、パレスチナ問題や、ローマ亡き後のディアスポラの苦難など、神の裁きとも言
うべき仕打ちも存在する。

 これこそまさに神の導きであり、善なることも悪なることも神はきちんと清算なさるのだ、という確信ではないか。

「神の王国はかならず来る。それは希望と考えていいのかな」

 ウメコに向かって、吉雄は尋ねる。

「ええ、問題山積だけど、イスラエル人にとっては確かな希望ね」

「そして、罪深きものは、裁かれることも」

「ええ、それもそうかもね。その通り、彼らは苦難の歴史だった。ついでに言っとくわ。エルサレムの神殿は、破壊された後、まだ再建されていないの。イスラエル人にとってはこの2000年の物語は過去じゃなくて、現在であって、かつ未来なのよ」

 衝撃だった。吉雄にとっては、あの思い出深いエルサレムの神殿がのちに破壊され、そして、2000年経ってもそれは再建されていないという。

 だとすれば、吉雄たちイスラエルの民にとってなすべきことはただ一つしかない。それは、イスラエルという国の復興に加えての、エルサレム神殿の復興ではないか!

 吉雄にとっても、これははるか昔の過去の話ではない、今からでも、離れているこの地であっても「エルサレム神殿」の再興に思いを馳せることは、まさに希望なのではないか!

 だとすれば私は歌おう。歌い続けよう。この思いを語り続けよう、と吉雄は思った。一旦はくじけそうになったけれど、ローマに討たれて潰えてしまったと思ったけれど、自分にはまだ使命があるじゃないか!と吉雄は元気が出る思いだった。

 そしてもし、もしあちらの世界に帰ることができるなら、未来に対しての「希望」を福音として述べ伝えよう、と決意した。

 恐らくわたしがたどり着いたのは未来の異国なのだ。だとすれば、もしあの時代に戻れるのであれば、「王国は必ず蘇る」と伝えたい、みんなに希望をもたらしたい、と心から願った。

 だが、同時に、心が正しくなければ、神に心から仕えなければ、それ相応の裁きを受けることも事実なのだろう。

 希望と裁き。これはどちらも両輪のように重要なのだ。私はこの世界で見聞きしたことを、黙示録としてあの時代の仲間たちへ伝えるべきなのだ、と。

 ああ、神よ。できることならば私を再びあちらの世界へ戻してください。それが叶うならばあなたの導かれる未来の真実を、余すことなく人々に伝道して回るのに!

 吉雄には、再びあの頃の生気が漲っていた。

 私には使命がある。それはこの世界においても、あの世界においても変わらない。

 そう吉雄は再び決意したのである。




(5へつづく)

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