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2018年2月10日土曜日

高学歴者は絶滅する運命にある ~遺伝子をめぐる奇妙な事実~



 まいどどうも。自称高学歴で高性能で高尿酸値な解脱者ムコガワです。今日もしっかりお仕事に励んでいるはずなのですがなかなか痩せません。




 さて、最近、ご意見ブログでは面白いものが集っているはてな界隈を散策しているのですが、「シロクマの屑篭」さんというブログで、興味深い記事があったので紹介しましょう。




「高学歴者ほど『若者』から『大人』へ変わるタイミングが難しい」
 http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20180209/1518154574




  いつものように詳しいことは元ネタを読んでください。しかし、このお話には2つのテーマがあるので、そこを切り分けて考えること。


 一つ目のテーマは、単純に言えば高卒者は早く社会に出ていわゆる「大人」になってゆくのだけれど、大卒者や院まで出てしまうと社会人として「大人」になるのが遅くなる、というお話。

 これは、早く結婚して家庭を持つとか、人生経験が増えるとか、そういうことも含んでのテーマですね。


 二つ目のテーマは、高学歴者になると、結婚や出産が遅くなるので、子供を持ったり家庭を作り上げてゆく期間や機会が少なくなるよ、というお話です。



  そして、この2つには裏があって、あまりはっきりと明言してしまうと炎上発言になりかねないのでまろやかにぼやかしているけれど、これらのお話に隠れている問題提起は


「学歴が高く、能力が高いはずの高学歴者が、子孫を産み増やすチャンスが少ないって、これでいいの?むしろ、低学歴で文化的素養が少ないものが、じゃんじゃん子供を産める社会ってどうなん?」


ということなのだろうと思われるわけです。うう、やばいよやばいよ~。こいんちぇっく。



 この矛盾は、


「高学歴になるには時間がかかり年齢が上がる。年齢が上がると精子や卵子が老化する。つまり、高学歴者になると、優秀な遺伝子を残すチャンスが減るというのは、おかしい」


という意味でもあります。





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 この問題点、実はムコガワも以前に取り上げていて、


子供を生まない・子供を作らないということ
https://satori-awake.blogspot.jp/2014/03/blog-post_11.html



という記事の中で、学歴やら優秀かどうかはともかく、



「学校を卒業して仕事を一生懸命やった女の子へのご褒美が不妊とか絶滅とか、それどういうこと?」



というお話を書いておるわけです。


 そうなのね。これは男子でも同じで、自分のスペックを積み上げていけばいくほど、自分のスペ・・・・おっとっと!は老化崩壊してゆくわけで、本質的な矛盾を孕んでいるということになるのです。





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 これまた同質の話を、ムコガワはこれまでに書いたことがあります。



性行為は愛と暴力どちらに基づくか
https://satori-awake.blogspot.jp/2016/08/blog-post_25.html



↑の記事の後半で、なぜ男は「優秀な遺伝子を持つと推定される女子に興奮せず、自分より見下せる相手(つまり非優秀な)女子に劣情を抱くのか」について問題提起をしました。



 そして、今回その壮大な答えを書こうと思います。


 耳の穴をかっぽじってよく聴いてください。




 まず、遺伝子と進化について、思い出しておくべき法則がいくつかあります。私たちはつい、能力について「できるできない」とか「優秀か優秀でないか」などについて誤解をしますが、遺伝と進化においては


<1> 獲得形質は遺伝しない


という大きなポイントがあります。(学説や事例として後天的なものが遺伝するような現象はありますが、学歴が遺伝するかは無視できるレベルでしょう)


 よくある事例としては、田舎の家に男の子兄弟が2人いて、兄は都会の大学へ行って、弟は地元に残って親の家を受け継いだ、などの場合があるとします。


 この場合、遺伝子においては同等で、兄は獲得形質として学歴を手に入れたということになるでしょう。


 こうなると早く遺伝子を残したほうが勝ちです。たとえ兄が東大を出て、弟が高卒であっても生物レベルでは弟のほうが遺伝子の劣化が少ないだけマシということになるわけで。


 文化や経済的な環境としては兄の子供のほうが恵まれているかもしれませんが、生物的には弟の子供の遺伝子のほうが、壊れている確率が低いのかもしれません。


  もうひとつ、進化には大事なことが隠れています。


 それは、私たちは誤解しがちなのですが、



<2> 優秀な遺伝子が残るのではなく、環境に適した遺伝子が残る



ということです。遺伝子の優劣とは、「できるできない」「能力が高い低い」ではなく、環境に適しているかどうか、がポイントだということです。


 だから、自分より劣っていると感じられる女性に劣情を抱くのは、意外と間違っていないということなのかもしれません。


 なぜなら遺伝子的に、そうした女性が「次の環境に遺伝的に適しているかどうかは、現状の女子の境遇とは無関係で、結果はわからない」からです。


 だとすれば、とにかく若い女性に劣情を抱くのは、遺伝子的には将来どっちに転ぶか(環境に適するか適しないかは)どうせわからないのだから、OKだということになるでしょう。


 

 ~~~~~~~~~~




 ということは、高学歴者がこの世界で生きてゆく有利さと、遺伝子が次の世代に残ってゆく優劣は、以下のように言えるという事がわかってきます。



■ 高学歴者は、文化的経済的に優位な環境を作り出せる。ただし年齢が上がる。


■ 年齢が若く適齢であることは遺伝的に優位な伝達を可能にする。ただし、文化経済的に不利。




 この2つの命題を、いかに最適解として適用するかがポイントだというわけですね。



 高学歴であることは、経済的文化的に豊かな環境を作ることができ、子孫がこの社会で優位に生き残ることを可能にしますが、遺伝的欠損が起きる確率も上がります。


 若くして子供を持つことは、遺伝的には優位ですが、その家庭が経済的文化的に疲弊する可能性があるということでもあります。




 そうなると、このバランスを上手く取るためには、



○ 経済的文化的に安定的な、社長の息子が若くして結婚し子供を設けて会社を継ぐ



というのが最高!だと言うことがわかります。(苦笑)



 その次くらいに悪くないのは、



○ 高学歴でステイタスを持った30歳前後の男が、20代の女の子をひっかけて結婚する



 というのも、かなりいい線いっているということです(爆)


 少なくとも、女性側の遺伝子は劣化しておらず、経済的豊かさとのバランスも取れているからです。



 ちなみに逆はどうでしょう。



△ 高学歴で収入のある30歳前後の女が、20代の男の子をひっかけて結婚する



  この場合、遺伝子的には悪くありませんが、高学歴高収入の女子が、3人子供を生むのに仕事の最前線を離れないといけないならば、収入の減少が予想されるので難しくなってくるでしょう。


 こども1人くらいなら、持ちこたえられる可能性もあります。




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 高学歴者の場合、いかに家庭環境、経済環境を整えることができたとしても、子供を3人産めばケツカッチンになってしまい、お父さん・お母さんのお金は、子供が十分育つまでその経済環境を維持できません。


 なおかつ遺伝情報が欠損してゆくので、必然的に子供の数はそもそも少なくなるでしょう。


 そうすると、高卒3人子供の低学歴者と、大卒1人子供の高学歴者がいるとして、このパターンが2世代ほど繰り返されれば、


 3×3=9人の孫


 1×1=1人の孫


で、 高学歴者の数世代あとの生存確率はどんどん差がついてゆくことがわかります。


 とすれば高学歴による経済的優位、子供への文化環境的優位が、低学歴者の子孫の生存確率より高いかどうかがツボになってきますが、 素人考えでも



 低学歴大家族のほうが、子孫が生き残る確率は高い



とすぐにわかることでしょう。


 つまり、高学歴者は、その世代では有利ですが、子孫の代が重なるほど、絶滅に近づいてゆくということなのです。



 まあ、これ以上この話をつきつめてゆくと、不都合な真実のあまり炎上すると思うので、このあたりで・・・。

2017年5月15日月曜日

高学歴女子が生きづらい理由 ~あなたの高スペックのものさしは、誰が設定したのか、考えてみよ~



 バズフィードにこんな記事が載っていたので、いろいろと思うところあって筆を取りました。




【会社に行きたくないあなたへ】死ぬまで頑張らなくていい。産業医が語る「あの政策」の裏側

https://www.buzzfeed.com/akikokobayashi/ganbarisuginaide?utm_term=.oc7PNzvEQm#.wjNQOe3Bbn







 申し訳ないですが、タイトルが悪いです。中身を読んでいただければわかりますが、この記事は



「ハイスペック女子は、なぜ死ぬしかないのか」


とタイトルを変えたほうがいいくらいの内容だと思います。





 ハイスペック女子。




 高学歴、高容姿、高収入、でも、彼女たちを待っているのは、死へのいざない。




 おっそろしい話ですよ。もちろん、ハイスペックではない女性もこの世界にはたくさんいるので、その人たちからみたら


「あなたたちは持っているだけ、恵まれてるじゃん」


という呪詛を吐く以外ないのですが、今回はそれは一旦脇へ置いておいてください。





 そもそも高学歴で高スペックであることが、何らかの矛盾を抱えているのです。今日は、まずはそれを暴くことで、


 ハイスペック女子も、そうでない女子も、実は同じ悩み深い存在なのだ


ということを明らかにしようと思います。




==========




 記事で触れられている女性たちの姿というのは、



 有名大学を卒業し、大手企業に採用されながら、その中で疲弊し、病を発症してゆく女性たち


の叫びでした。


 ”摂食障害、不安障害(パニック障害)、不眠症、適応障害、自律神経失調症、うつ病、更年期障害......仕事をするうえで、心身のさまざまな不調に悩む女性たちがいる。”


”ハイスペック女子がつぶれる”


”部下にモノを投げてしまう”


”死ぬよりはいい”



 えぐい言葉の数々が並びます。あるいは記事中にも出てきましたが、電通では実際に一人のハイスペック女子が自殺する目に逢ってしまいました。




==========




 この手の記事、問題提起をいくら見回しても、「そうした環境や境遇にうまく適合しながら、頑張れ」ということしか書いていません。


 もちろん、



 しんどいときには休め


とか


 ホルモンバランスに気をつけろ


とか


 いざとなったら逃げたり辞めたりしろ


とか、そういうアドバイスもたくさんしてくれる人がいることでしょう。






 しかし、ここで解脱者武庫川はハタと気付いたのです。



 このセカイのアドバイザーや、ライターが絶対に書いていないこと。ハイスペック女子にとって、最も肝心要の重要な事実を、ほとんどすべての人が見逃していること。



 それを今日はズバリ、書いてみたいのです。




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 それは何か。




 とても、根源的で、大事なことです。




 恐ろしいことですが、最初からボタンが掛け違っている、ということは、あったりしないのでしょうか?




 そう。ハイスペックであるということ。



 女の子が、高学歴であり、また高能力であり、それでいて高女子力であるべきだというそのモノサシそのものが、

 
 男性社会に適合するためのモノサシと同じ基準になっているのではないか



ということです。






 まだ、わからない人もいることでしょう。もう少しやわらかく言い換えます。



 高学歴であるということは、知識と智恵と頭脳を要求されているわけですが、そこで学ぶ知識と智恵と頭脳は



「男性として生きやすいための知識と智恵と頭脳」


であって、


「女性が幸せに生きるための知識と智恵と頭脳であるのか」


については、おそらく誰も検証していないのではないか?という恐ろしい問いかけを私はしているのです。






 男性としてこの社会を取り回していくのに必要な知識と智恵と頭脳の大系は、太古の昔から積み上げられてきていますが、実は


「女性が真の幸せを得るためのそれ」


は、まだ学究されていないのだとしたら、



「女の子が男の基準でハイスペックにいくらなっても、男として生かさせられるだけだ」



ということになってしまいます。




 これが、ハイスペック女子の、根底に流れる「生きづらさ」の原因なのだと、仮説を立てたわけです。





 高学歴は、男であれば都合がいい知識や行動大系になっている。


 高容姿は、男にとって見目麗しい女性とされるだけで、女同士の間ではどうでもいい。


 高収入は、「男のように生きるのであればね」という条件つき。




 もし、本当にそうなのだとしたら、いいですか?すごいことが起きているのです。



「ハイスペックとされる女子も、そのスペックは男性基準なのだから、実はロースペックであると言える」



とすれば



「ロースペック女子が生きづらいのも、ハイスペック女子が生きづらいのも、全く同じ」



なぜなら



「どちらも、女性らしい女性としての幸せのスペックを持ち合わせていないから」



ということが!!!





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 私の知り合いのある女の子が、ずっと学歴コンプレックスで、


学びについてハイスペックでありたいということと、


「私はあんな世の中のチャラチャラした女の子とは違うと思いたい」


ということで悶々としていました。



 でも、それをいくら追い求めても、全然幸せそうではなかったのを思い出します。



 むしろ、そのせいで恋愛をこじらせたり、自分の進学や就職の面でも苦労したのを見ていると、



 女性にとっての幸せとはなんだろう



と周囲で見ている私も苦しくなるほどでした。




 それが、ある時、うちの奥さんがいらなくなった若い女性らしい可愛い服をプレゼントして、ちょっとだけメイクの道具を揃えて、奥さんがメイクを教えて上げただけで、



 彼女はむちゃくちゃ可愛くなった



という出来事がありました。




 それはもう、男性の私がみても、「この子はこんなに素材が良かったのか、もったいなかったなあ!」と思うほどで、それから彼女は、公私ともにものすごく前向きになったという出来事でした。



 のちに彼女は言います。「私はチャラい女子に、本当は嫉妬していたのだ」と。


 「あんな風になりたくない」は「あんな風に自由になりたい」という意味も隠されていたのかもしれません。


 いまでも、彼女は多少「強きもの、大きいもの、ブランド力、大企業には魅かれる」と言っています。


「でも、そう思ってしまうところが、あたしの弱さだ」とも気付いているから、きっと大丈夫だと思います。





 最近、巷で流行している「カワイイは正義」ということばではないですが、自分で自分が自分らしいと思えることは、根源的に重要だと思います。


 むずかしいジェンダー論はさしおいても、「自分が素敵でありたい」「自分が女性らしくありたい」というその視点は、



 女性が女性ならではのものさしで、自分で決める



ことが大切なのではないかと思います。






 男のための知識・智恵や容姿なのではなく、



「女の子が女の子として生きて生きやすいための知識智恵」



「女の子が、自分らしくいられるための姿かたち」


「女の子が無理なく生きていけるための収入」



を実現することは、不可能ではないと思います。



 だから、世の中のハイスペック女子のみなさんには、一刻も早く男のためにその能力を使うのではなく、女の子のためにそれを使ってほしいと、男ながらに願うのです。



 なぜなら、私は男なので、ほっとくとつい男に都合のいい力を要求してしまうから。


 謝罪。












2016年11月2日水曜日

高学歴女子はいらない。 ~解脱者が考える、新時代の女子のロールモデル~




 高学歴女子はいらない。



 なんともキャッチーなタイトルをつけたものですが、炎上覚悟でこのように書いてみました。


 もちろん、ワタクシ武庫川散歩は、男女差別主義者でも、男尊女卑の考えを持っているわけではありませんが、現状を冷静に見たときのリアリストとしての視点では、やっぱり



「高学歴女子に意味はあるのか」


「高学歴女子は、幸せか」


ということについ頭が向いてしまうようです。


 東洋経済オンラインさんで、こんな記事がありました。



 高学歴女子にシワ寄せされる社会の過剰期待
 http://toyokeizai.net/articles/-/142978



 この記事などを読めば、いわゆる高学歴な女性が、現代の日本社会でどのような立場に置かれているかが如実にわかるのですが、簡単にまとめれば



■ 女性活用という名のもと、男性と同じように(長時間労働や体力仕事も含めて)働け

■ 女性らしさ(身だしなみやふるまいも含めて)を維持し、マナーをわきまえよ

■ 少子化を克服するべく、3人以上の子供を産め

■ 子供に適切な教育を受けさせ、立派な大人になるよう育てよ

■ 老いた両親や義両親に対して、(介護を含めた)サポートをせよ



ということが一気に要求されていることになります。




 これは「無理ゲー」(クリアできないゲーム)であると女子たちは思っていますが、社会の要求がそうなっている以上、そのレールから飛び降りることは、なかなか許してもらえないのが現状です。






 ところが、その一方で高学歴女子から見ると(さげすみの感覚も含めてですが)これらの社会要請の適用除外になっている、つまり、これらのしばりを受けなくてすむ


 低学歴女子


というものが存在することが知られています。




 ここでもムコガワは炎上覚悟でこの言葉を使いました。ええ、高学歴ではない女子たちです。



 低学歴女子たちは、男性のように働きません。モデルケースとしてのヤンキー女子をイメージするならば、


 早くで結婚して子供をたくさん産み、そもそも企業人として働くことはなく、小さな店舗の店員やレジ打ちなどの「代わりがいくらでもいる仕事」をして過ごす


人生の女性たちが確かにいるわけです。



 彼女たちは、上に挙げた5つの規制がのうち、両親の介護問題をどうするのかは微妙にしても、4つのルールをそもそも守るつもりもないし、守らなくてもいいということになります。


■ 長時間労働をせず、バイトでもいい。(お金は少ないかもしれないが)

■ 女性らしさは、自分の感性でいい。ジャージOK(ブランド物は買えないかもしれないが)

■ 子供は産みたいし、産む。(無計画といわれるかもしれないが)

■ 子供に高度な教育を提供することにあまり関心がない。(お金もないし)



 それを「良い」と評価するか「悪い」と評価するかはこの際どうしようもなく、4つともどうでもいい人もいるかもしれませんが、


■ バイトを工夫して時間を生み出し

■ 質素なものでも慎ましやかな生活用品を揃え

■ 子供は2人くらい産み

■ 公立高校・公立大学をめざすように励ます


と言い換えれば、上の文章を読んだ誰もが


ああ、いい女性だ、いい母親だ


と思うのではないでしょうか。



 まあ、そんなもんは言葉あそびで、解脱者から言わせれば、ヤンキーというカテゴライズをすることも、「いわゆる上から目線のレッテル貼り」に過ぎないのですが、 現実の社会では




高学歴女子に求められているハイレベルな暮らしの人

~

質素な良妻賢母な暮らしの人

~

ヤンキーママな人



のそれぞれにどこかが該当するような人々がシームレスに存在しているというのが事実なのだろうと思います。



~~~~~~~~~~

 


 私の大好きなブロガーさんであるニャートさんが、


 東大女子を過労死させたり、京大専業主婦をもったいなくさせているのは日本社会
 http://nyaaat.hatenablog.com/entry/well-educated-woman


の記事で、高学歴女子について、たとえば会社で馬車馬のように働いて過労死するくらいなら



”むしろ、受験勉強に費やした時間を、ブラック企業対策として体育会系の運動部での体力増強や、恋愛やおしゃれをして結婚相手を探すことに費やした方が、よほど有益だったのかもしれない。”


 
という仮説を立てるのも頷けるというものです。


 あるいは高学歴女性である自分を振り返り、



”私に学歴は必要なかった。
受験勉強などせず、自分の能力に見合った学校に進んで、そこそこ働いて、20代で結婚して、子どもを産みたかった。”




と、思わず思うのにも納得がいきます。たしかにそう言いたくなる気持ちもわかります。



 しかし、ニャートさんが記事中で懸念しているように、高学歴でない女子には、重大なリスクがあるのです。


 それは、収入が多くない男性と一緒になったり、ずっと一人だったりしたら経済的に厳しいということです。


(この際DV男とか、のんだくれ男とか浮気男は学歴に関係ないので、除外する)


 じゃあ、いったい、女子はどうしたらいいんだ!!!



~~~~~~~~~~




 そもそも、女子が高学歴を目指すようになったのは、「自力で一定の収入を得て自活できる」ことを目標にしているはずでした。



 高学歴である=高い評価を受ける=高収入の可能性が高い企業で働ける



これが、高学歴女子のロールモデルです。



 しかし、これは、よく考えると女子だけの問題ではなく、男子でも全く同じことで、


 男子が高学歴を評価され、高収入の企業で働く


ということは、女子と全く同じ理屈だとわかります。



 じゃあ、何が違うのか?というと答えは簡単。それは妊娠と出産が一切考慮されていない、という点に尽きます。




  解脱者ムコガワは、男性と女性は違う!と明確に思っています。男には子供が産めません。それは最大の違いで、そのことから生まれる区別は、あってしかるべきだし、区別する以外方法がないと考えています。



 人類が増える3人の子供を産むには、妊娠期間が3年、授乳(乳児)期間が3年、これで最低でも6年間が男性と異なる生き方をせざるをえないことになります。


 上記の場合は、3人とも連続で妊娠したという「3連続年子」の場合で、少なくとも1年の休養期間を設けると、



実質9年間で、あしかけ10年くらい



の性差が生じることになるのは避けられないのです。



 20歳から60歳までの40年間の労働人生


をセットした場合、男性は40年間働けるけれど、女性はマイナス10年で、どうやっても30年間しか同じ条件にはなりません。


 
 とすれば、「男女が平等に輝ける社会」という設定が間違いで、



 男性に対して女性は4分の3のパフォーマンスでよい社会



じゃないと、成立しないということなのです。




 ということは、本来の妊娠出産を踏まえた女性のキャパシティが男性に対して4分の3だと仮定すれば、



高学歴女子が要求されているのは、逆に言えば


男子の1.33倍の働きをせよ


ということなのです。


 だから高学歴女子は疲弊するし、


 高学歴女子なんて(生き方は)いらない


と考える者が出てくるのも当然だというわけです。



 ヤンキー女子は、収入が少ないという課題はあるにせよ、10年間を子育てに専従できるという面で、1.33倍の働きをしなくてもいいのです。せいぜい1倍でいいということになり、子育てが終わったらトンカツ屋でバイトしたり、スーパーでレジ打ちしたりできたのがこれまでのおばちゃん世代だったということになります。






~~~~~~~~~~




 さあ、ここからは解脱者ならではの解決策に入ります。



 女子には「収入が少ないと生きてゆきづらい」というハンディがあります。(実は男子もおなじなのですが、女子のほうが現状として厳しい側面が多いので、一応このハンディを認めましょう)



 それを解決するために、高学歴であれば高収入になるだろう、という目算で動いてきたのが、これまでの高学歴女子でした。



 しかし、高学歴であることが、すなわち高収入であるということに疑問符が付くようになってきたのが昨今です。



  簡単にネタばらしをすれば、……大事なことを言いますからよく聞いてくださいね。



「高学歴であることのご褒美で、高い収入が約束されているのではない」


ということです。


「高学歴であることは、高速回転や高出力に耐えられるポテンシャルがあると見られて、それに高い収入がバックされているのだ」



ということが真実なのです。



 さらに簡単に言います。


「あなた方に、高い給与を払うのは、フルスロットルでガンガンエンジンを回せる性能があるからで、そうである以上、ガンガンエンジンを回させてもらいますよ」


ということなのです。


「ガンガンエンジンを回せるから、そりゃ、たくさん生み出せるでしょ。つまりたくさん稼げるでしょ」


ということなのです。




 とすれば、高学歴女子は、それを知りません。


「自分がガンガンエンジンを回させられると知っていたなら、回転数を落としてでも、ゆとりある生き方がしたかった」


と後から後悔することになるに違いないのです。





 ということは、ハードワークを本位としない人は、高学歴であるということを「高性能出力証明」に使ってはならないということです。


 その出力を、他者にコントロールされて生きてゆくのであれば、「かならず、使用者はフルスロットルで回そう」とするに違いないのですから。


 実はこれも男女同じなのですが、高学歴であることを「売るためのラベル」にする人はそうすればいいでしょう。


 しかし、本当に収入面でも、心の面でも豊かに生きようとするならば、その高学歴(高知識・高知力)を自分でコントロールして価値に変えてゆくしか方法はありません。



 つまり、高学歴であるのならば、起業家をめざせ!ということが結論です。



 あなたの高学歴が「知恵があり、実力がある」ことの証明だというのであれば、起業して収入に換えればよろしい。


 しかし、その高学歴が、自力での収入に結びつかず、役に立たないというのであれば、その高学歴は単なる知識の集積ができたアーカイブがそこにあるだけで、


 あなたにはもともと何の力もなかったのだ


ということの証明になる、というわけです。



(知識の集積は、ウィキペディアでもグーグルでも、あなたより得意なコンピュータがたくさんあります。知識は使いこなせなければ、人が持っている意味はありません)





 高学歴女子のみなさん。できればその知力を、あなたがあなたの制御下で生かせる方法を学生の間から考えてください。


 それができれば、夫がろくでなしでも大丈夫です。あなたは自力でちゃんと稼げる力があるのですから。


 誰かや社会に使い捨てされるくらいなら、ぜひそうしてほしいと思います。