2016年6月25日土曜日

英国がEU離脱! 国にとって正義とは何か?! ~解脱者が説く、政治のありかた~

 昨夜は、世界中の人々が驚き、また衝撃を受けた一夜となりましたが、いかがお過ごしでしょうか?

  そう。なんと英国が、国民投票でEUから離脱することを決めちゃった、というのです。



 しかし、そんな欧米のとある国の出来事が、東洋の解脱者である武庫川散歩にどのように関係があるのか、と問われれば、まったくもってあなたのおっしゃるとおり、



 全然しったこっちゃありません。



 なので、無常を説く解脱者的には、今日の話は一見どうでもよいことだと思われますが、それでも私たちがこの世界で生きてゆく以上、


「国や政治のあり方」


を拒絶するわけにはいかず、なんとか折り合いをつけていかなくてはならないので、ここは孔子バリに、正義なる政治のありようについて解説してみることにします。





 ちなみに、今日は書き出しからお笑いの要素もなく、おとなしく書いていますが、とある可愛い女性読者から



「下ネタが多い」


と指摘を受けたので、たまには、 まじめに書いてみることにしようと思った次第。




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 さて、英国にとって、EUを離脱するこが正義かどうかは、どのように判断すればいいのでしょうか?


 今回、英国ではその判断を指導者ではなく、「国民投票」という形で一般の国民全体にゆだねました。


 これは、一見すると、「国民全体で多数決を取るのだから、公平であり正義だ」と思うかもしれません。


 ところが、今回のように、約52%VS48%の投票結果で何かが決まった場合、


それは果たして公平で正義だといえるのか?


という問題が頭をもたげてくることはすぐにわかります。





 実は、このことは、投票結果がどのくらいの割合でも同じことで、仮に90%と10%であったとしても、


「政治や国のあり方として、10%のマイノリティの意見を軽視したり、採用しないのは正義である、全然OK」


とすることは、まずいだろうと誰もが推測できるからです。



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 国家にとって正義とは何か、という難しい問題を、「単純投票」にゆだねてしまうと、いくつかの問題が出てきます。


 ひとつは、


「本当はAという選択をするのが合理的で正しくても、Bを選択してしまう」


という問題や、あるいは先に出てきた


「反対の意見の国民に対して、拒絶拒否することになる」


という問題です。



 これらのことをきちんと手当てしないと、たとえば


「国民全体で戦争へ突き進んでしまう(旧ドイツや旧日本のように)」


ことが起こったり、


「それなら反対派ばかり集まって独立国を作ろう」


ということが起こったりします。



 そしてこれらは際限なく繰り返されるので、神様のように空の上から見ると


「彼らはずっと、間違ったことばっかりやっていて、ちっとも正しくない」


というオチになってしまったりするわけです。





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 こうした「一般人の意見で、政治が左右されること」を「衆愚政治」と言ったりしますが、


 アホばっかり集まっていろいろ決めても、うまくいかない



ということが実態として存在するわけですね。



 一般の国民は「主権者であり、えらいのだ」という建前と、一般の国民は「実はアホなので、間違った選択する」という実態は、実は密接に絡んでいて難しい点でもあります。




 それを解消しようと、たとえば「ある程度の専門家に代表になってもらって政治を行う」という代議員制(日本で言えば国会議員ですね)という考え方もあります。


 しかし、議員も実はあんまり賢くなかったり、金に汚かったりで、これもうまく機能しないときがあります。


 さて
 共産主義国では、とても興味深い発想があります。



  それは、共産主義では「全員が平等」なのだから、衆愚政治に陥る可能性が大きいと考えられてきました。


 じゃあ、どうすればいいか。


 「全員が平等」ではあるんだけれども、それでは全員で間違った選択をしてしまうので、優秀なものが、間違わないように、この国民全体をガイドしなくてはいけない!


 そんな風に考えたのです。



 なので共産主義国は、一党独裁であったり、「偉大なる指導者」が存在するのです。


 国家が間違った方向へ歩まないように!(笑)



  現に、某国の指導者は「自分たちが間違っている」なんてことは、一切思っていません。なんせ国民を正しい方向へガイドしているわけですから。





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 こんな風に考えると、解脱者武庫川でなくても



「どのみちうまくいく政治や国家なんてないんだから、無常だ」


と思うかもしれません。 ある意味その通りで、完璧にうまくいく「政治理念やシステム」なんて存在しないからです。


 しかし、哲学者、武庫川散歩は、解脱者としてはそのように国家の正義などはかないものだと思いながらも、



「それでも、よき政治、よき国家、よきあり方を模索しようとする人々の営みこそが、神なる自由であり、そこに人々の生き様がある」


とも考えます。


神は自由なり!
http://satori-awake.blogspot.jp/2016/06/gods-is-free.html


の時に考えましたが、まさに


「正義とは、より良くあろうとする人類の英知と努力の状態である」


ということなのです。そういう意味では、英国がやろうとしていることも、ある種の正義です。



 というわけで、英国の試みは、世界中にとって、良き「実験台」となることでしょう。


本当にそれでよいのか?それを実現するとどんな問題が起きるのか?それは幸せをもたらすのか?


は歴史が明らかにします。たのしみですね。







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