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2016年10月3日月曜日

占いやら、スピリチュアルやら。 解脱者にとって霊的なものとは?!



 悟りや解脱、という一見非科学的な話を扱っているワタクシ武庫川散歩ですが、実はいわゆる



 霊的なもの、とかスピリチュアルなもの



に対して、ほとんどどーでもいいという卑劣な態度を取っている不埒な輩だったりします。



 どうも、あなたの心の恋人、武庫川散歩です。







 以前もこのブログのどこかに書いたかもしれないし、書いていないかもしれませんが、武庫川は解脱者なのに


「心霊現象は、脳がイカれたせいで見える幻影みたいなもんだ」


と常に喝破しています。


 あるいは、ホンマに霊がいるんだったら、交通事故で死んだかわいそうな女の子の霊のとなりには、火山の噴火で死んだピテカントロプス達の霊がウンババしてるはずだとか、ネアンデルタール人と戦国武将の霊が鬨の声を上げながら走り回っているはずだとか、もう数億ぐらいの霊達がひしめきあっていて、

「ちょっとどいてよ!狭いじゃないの」

とか言い争っているはずだ、と言ってます。


 そうそう都合よく、男に騙されて死んだミヨちゃんの霊だけが見えるもんじゃありません。



 同様に、スピリチュアルなものについても、基本的には武庫川は「どうでもいい」感を貫いています。

 超自然とか波動とか、霊の気とか、天使様とか女神とかそういうものに魅かれたり、恐れたりする暇があったら



 となりのゴミ屋敷の捨て猫おばはん


のほうがよっぽど恐ろしい!と思うのですが、いかがでしょうか?



 絶対に女神に敵視されるより、おばはんの目の敵にされるほうが霊障が強いと思うのですが。





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 さて、占いについてですが、ワタクシ別名義で、いろいろな人の過去を調べるという調査をやっているのですが(何者?)、よく占い師さんからも依頼があって、


「うちの●●を調べてください!」


と、お願いされるので、やってます。


 そんな時はほとんど心の中で「占い師やったら、自分で占ったらええやないか」と思っているのですが、 どうも占い師の方は、そういう調査はまったく不得手のようで、いつもきちんと武庫川が調査報告を出してあげると




「専門家の方に聞いてほんとうに良かったです!」



と何かを流しながら喜んでくださいます。


 だいたい、占いやらカウンセラーやら「人の役に立ちたい」と思う人の心の源泉は、ほぼほぼ「いじめられた経験」とか「弱った経験」とか「メンタルが」とか、そういう体験が元になっていることがほとんどなので、


「ワシ、人生小学校からうまく行っているので、この幸せをみんなに分けてあげたいねん!」


とか


「みんなもわたくしのように美しくなってほしいし、お金持ちになってほしいの!」


という理由で援助者の仕事を選ぶ人は



い ・ ま ・ せ ・ ん



のであしからず。



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 さて、そんな解脱者武庫川が、とっても感銘をうけた占い師の方の記事があったので、ご紹介しておきます。


 その方は、酒井日香さんという方なのですが、


 酒井日香の「占い死ね死ね」ブログ
 http://ameblo.jp/sakainichika/



 なんか、ブログの文体が武庫川に似てますが、偶然の一致です(^^;





※そもそも、武庫川のブログ文体も、一時から流行したスタイルなので、オリジナルではございません。

 文字がでっかくなったり、行間をやたらとったりという「ブログ体(仮称)」というスタイルなのです。




 この方、元占い師さんで、占い界の裏事情をいろいろお教えくださっているので、そっちの世界に興味がある方は必見だと思います。






 特に、武庫川のお勧めは、


 占いと霊能力~承認欲求の源泉~
http://ncode.syosetu.com/n7247de/



という公開されている文章です。



★例のごとく、すばらしい文章なので酒井さんには勝手に、なんの断りもなく紹介してます。





 日本における占星術分野の歴史的な流れ、のようなものを概観できることと、「占いの本質」については、


 業界の内部暴露


に近い形で書いてくださっているので、多いに参考になるでしょう。



 武庫川もよくやってますが、既存の宗教をベースにした周辺分野の解説もついているので、理解が深まると思います。



 ただ、全体のテイストとしては、客観的な事象を中心にするというよりは、酒井さんの個人的な体験がベースになっている部分が多いので、ちょっと差っぴいて読んだほうがいいかもしれません。





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 占い師や霊能者がやっている「リーディング(読み取る作業)」については、最近ではメンタリストの

うぃっしゅ!DaiGo


さんが、仕組みを解説したり、科学的側面からの啓蒙活動をやってますが、その前には



「にゅるっとぬるっとお見通しだ!」(←なんか違う)


で有名なTVドラマシリーズ「TRICK」がネタばらしを取り入れたりしてましたね。




 私も一時期そういう(どういう?)仕事をしていたので、他人の表情からその時の心の動きを読み取ったり、ある程度、自分の思い通りの方向へ誘導したりすることはできます。




 占いはやったことありませんが、カウンセリング的なことは、仕事でもやっとりましたので、専門的な教育は最低限のことだけ受けてたりするわけで。




  そんなワタクシ武庫川散歩が、いつも愛する女性たちにかける最終的なことばがあるのですが、それは酒井さんが上の文章のあとがきで書いておられることと、究極的には合致してくるのだろうな、と思います。



 私と出会ったことがあるすべての女性は、武庫川がよくこんなことを言うのを思い出すことでしょう。



「で、あなたは、本当はどうしたいの?」



と。すべてはそこからはじまるのです。


















2016年2月25日木曜日

精神科医が心を病んだら、どうしたらいいのか ~鬱屈精神科医、占いにすがる~

 また、すっごい本が世の中にはあるんだな、と解脱者の私でもびっくりしたこんな本が出てるらしいです。





『鬱屈精神化医、占いにすがる』 春日武彦 (太田出版)


BookBangさんの記事
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160222-00010003-bookbang-soci&pos=4


書評(読書メーター)
http://bookmeter.com/b/4778314956





 えーっと、カンタンに言えば、精神科医が心の病にかかったらどうするのか、というある種究極の問題に直面した精神科医が、その救済を求めて


「占い師のもとをさまよい歩く」


という話だそうです。



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 解脱者のワタクシから申すことがあるとすれば、



その1  精神科医だろうがなんだろうが、心の病にかかることはあるだろう


ということは認めることができます。精神科医の場合は、その場合に自分がどうなっているかを判断するものさしが、他者よりも正確でたくさんある、というくらいで病気にかからないわけではない、ということです。



 これは、たとえば、解脱者の足を踏んづけたら、痛くないか?という問題と同じで、


イタイにきまっとるやろ!!!!!


と言わざるを得ないのとおんなじです。


 解脱者は、無味無臭でなんにも感じないゾンビになるわけではありません。この世界の成り立ちと自己のありようについて、ナチュラルでフラットな見解を持ち、その意識を抱いていますが、


「痛点を失ったわけではない」


のですから痛いです。ただ、


「てめえ!なにすんだこのやろう!ぶっ殺すぞ!」


とは、相手に対して思わないだけです。寛平ちゃんみたいに


いたいーの!


とは思いますが。



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その2  心の病を解決する方策は、認知の気付きである。


 精神科医のおっさんは、結局占い師たちとの対話を通じて、自己分析を進めるわけですが、最終的には、「自分のわだかまりの根幹はおかん(母)にある」ということに気付きます。


 ああ、そうかそういうことに自分はこだわっていたのか!


という発見が、心の病をずいぶん軽くすることができるわけですが、こういう発見や認知は、病における一種の


「悟り」


と同じだと言えるでしょう。



 さて、ここで精神科医のおっさんがやっている作業は、実は占いというツールをかませてはいるものの、カンタンに言えば、わたしが以前のブログで説明した、

http://satori-awake.blogspot.jp/2016/02/blog-post.html


遺伝的要素や構成要素を拾い出す作業と同じです。


 占いのプロセスに乗っかっているので、それは人生相談や悩み相談の体をとってはいますが、やっていることは自分ひとりでもできるプロセスなのです。(ただし、助けがあると気付きは早かったりしますよね)




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その3  占いは象徴的なツールにすぎず、解決の糸口は発見する自分の力にある。



 占いというのは、霊的な力であなたしかしらない事実を当てることのように思われがちですが、実はそうではありません。


 多くの占い師がやっているのは、その占いの理論(易学なのか星占いなのかタロットなのかというジャンル)に基づいて、偶然と必然が入り混じったデータの中から、「何がしかの関連づけられた答えを示す」という作業にすぎません。


 たとえば、姓名判断だと、画数によって「好運か不運か」は決まり、それが相手の持つ偶然の名前と組み合わさって答えが導かれるわけであり、易学やカードでは、偶然によって導きだされたカードや算木に紐付けられた答えを提示する、という作業を行っているだけです。


 よって、それがあなたにとって当たっていたり外れていたり、人生の指針となるかどうかは、


「あなたの認知と有機的に結び付けられるかどうか」


にかかっているわけです。


 たとえば、ある占いによって「商売の運が良い」状態にあったとしても、あなたが商売なんて全然思いもよらず思い付きもせず、人生においてまったく意識もしていなければ、その占いの結果はあってもなくても同じです。


 その時、あなたが商売について「意識していたり、迷っていたり、それについて認識し認知している状態であってはじめて占いの結果は発動する」のです。



 つまり、占いに頼らなくとも、解決の根本的な意識やヒントはあなた自身も持っていて、それが占いの結果によって浮かび上がってくるのであれば、それは、

「本をパラパラめくっているうちに、ヒントになる言葉に出会う」


とか


「風呂に入っていて、糸口を思いつく」


とか、そういう「ユーレカ!」な気付きにも似ているということなのです。


(ということは、これもまた解脱の一種ですね)



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 ということは、精神科医のおっさんにとって必要だったのは、「占い」ではなかったということです。


 むしろ、それは占いに象徴されるような、


「自己分析をシステマチックに行うための一連の動作や手順、そしてできればちょっとしたそのサポート」

だったということになるわけです。


 もちろん、本人は心の病なので、自分ひとりでその作業をやっても解決できず、ただ悶々とすることにはなるでしょう。



 なので、占い師という作業のサポーターが介在することには大変意味があります。



 これは、「薬物中毒患者が立ち直るためにサポートするのが、医者がいいのかダルクの仲間が合うのか、いっぺん警察のお世話にならないとガツンとこないのか」という問題と似ています。


 しかし、1人きりでは、やっぱり薬物におぼれて、迷いを断ち切ることは難しいのです。




 仏教における修行というのは、解脱や悟り、気付きに至る方法論を、基本1人でやろうとするシステマチックなものなので、精神科医のおっさんにはぜひ占い師ではなく、


ストイックに仏道修行


なんぞをやってほしかったのですが、まあこのあたりはお好みです。



 しかし、本来はそうした迷いや悩みを解決する手法を精神科医は持っていると思いがちですが、そうではないのですね(苦笑)









2014年12月29日月曜日

絶対に当たる占い師「武庫川散歩」さん。~確実な未来を予想します~

 世の中の人たちの「占い」に対する希望や需要というのが、ものすごく多いと知って、多少驚いている武庫川散歩です。

 ぎょええええ。


 へーほーふうん、そうなんだ。とさらっと思っていたのですが、よく考えると


「占い師」


と


「預言者」


と


「予言者」


は似ているようで、全く違うんですな。当たり前だけど、ついでに「解脱者」も仲間に入れてほしいのですが、話がややこしくなるからやめておきましょう。


 ちなみに、もう一度確認しておきます。




「占い師」というのは、お箸でもトランプでも花札でもいいのですが、何か道具を使って「未来を占う」ことを実行する人のことです。

 え?あれお箸じゃないの?トランプじゃなくてタロット?へーそーなんだー。


基本は占いの結果を出すのは「神様の領域」ですから、それが道具を通じて具現化され、またまたそのデータから相手にふさわしい言葉に変換して伝える、というのが占い師の主な役目です。





「預言者」というのは、神様からのお告げを預かる人です。古代政治のミコさんなんかもそうですね。

「・・・神はこれこれこう申しているぞよ」というお姉ちゃんは預言者の一種です。ついでに、聖書に出てくるモーセとかも預言者です。






「予言者」は未来のことを言っちゃう人です。

「西暦1999年の7の月に、滅びがきますよ!」とか、「30年以内に、大地震が来る確率は・・・」とか、ああ、これは違いますね。



 というわけで、似ているようで3者は全部ちょっと違います。



 ちなみに、私は神からのお告げは預かっていないし、別に未来予報師でもないのですが、占いくらいはできますよ。


 ほれ、そこらへんにあるお花を摘んで来てですね。あの人が自分のことをどう思っているか占うわけです。

「好き、きらい、好き、きらい、好き・・・・」


女子なら一度くらい試してみた経験があるでしょう。このように「占い師」になることは別に特別に難しいことではないわけです。




==========

 さて、つまらぬ前置きはこれくらいにして本題に入りましょう。ワタクシ武庫川散歩は、「絶対に当たる占い師」として有名です。なんなら、ひとつ占ってしんぜましょう。


「・・・むむ。むむむむ。わかりました。あなたの未来を占いました。あなたは確実に死にます。そう、あなたは、絶対に死ぬのですババババーン!」


 少なくとも、この占いに関しては的中率100%です。・・・え?そうじゃなくて?もう少しマシなヤツ?

 じゃあ、乳児死亡率がどれくらいあるかとか、同世代の終身結婚率がどれくらいあるかを基にして占ってみましょうか?

 成人男性の5人に1人は結婚できません。とか。ぜんぜん行けますよ?その手の占いは得意です。


・・・・・・・。冗談みたいに言ってますが、たとえば占いの中でも手相とか、姓名判断というのは、それ専門の占い師に聞いてみてくださいな。


「あの、どうして手相は当たるんですか?」

「ふほほほ、これはなお嬢ちゃん。占いとはいえ統計学なのだよ。それはそれは何千年もの昔から、この手相の人はあーなってこーなったという記録をつけたエラーい占い師が、統計を基に生み出したものなので、だから当たるのじゃ。」


と答えてくれるはずです。そうです。彼らは統計学という科学を元にしているからこそ、占いはしっかり当たるのだと答えてくれるのです。



 と、いっているそばから、お嬢さんが1人私のもとへやってきました。


「あの、どうして武庫川散歩さんの、結婚できるか占いは当たるのですか?」

「ふほほほ、これはなお嬢ちゃん。占いとはいえ厚生労働省の白書に基づいた統計学なのだよ。それはそれは戦後から歴代の統計処理班が、国民のうち結婚できた人が何人いてできなかった人が何人いたかを数えたので、だから当たるのじゃ」

というわけです。


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 話が脱線しました。ここまできてまだ本論じゃないというのだから驚きです!


 さて、気を取り直していきましょう。私は解脱者ですから、占いの結果がどうのとか、そんなちんけなことは言いません。

 繰り返しますが、人はかならず死ぬのです。どんな道順を選んだとしても、最後は死ぬのです。


 だとすれば、そのひとつひとつの途中のコマの良し悪しで悩んだりしてはいけません。そんなことはどうでもよろしい。


 今の彼があなたにふさわしいかどうかなんて、どうでもいいのです。あなたにふさわしいのはこの僕です!!!!


 就職試験がうまくいくかどうかなんてどうでもいいのです。あなたを待ち受けている上司はブラック上司なのですから!!!!


 希望の大学に入れるかどうかなんてどうでもいいのです。あなたはそこで、一生を台無しにするあんな女に出会ってしまうからです!!!!!


 自分がどんな生き方をしたらいいかなんてどうでもいいのです。占い師に頼ってないで、自分の力でたちあがれええええ!!!!!


 ・・・・はあはあはあ。


 解脱者でもあり、占い師でもある預言者武庫川散歩が、神から預かってきた言葉をみなさまにお伝えしましょう。




「人生はどうせ死ぬ。いつか死ぬ。ああ、死ぬったら死ぬ。だからそれまでの間に、あなたがどんな体験をしたかがあなたの人生そのものなのです。


 体験が人生そのものだとしたら、あなたは思うことでしょう。それなら、できるだけ幸せな体験をたくさん味わって死に向かいたいと。


 ですが、本当にそれでいいのですか?あなたの人生は、最初から最後まで幸せな体験で満ちている、それがほんとうにあなたの人生だと言えるでしょうか?


 本当にそれでいい、とあなたが頷くなら、あなたのごはんはこれから死ぬまで3食全部ケーキか甘いものです。甘いものだけを神であるワタクシがあなたに与え続けましょう。

 もう、ウエッとなってもケーキです。ゲホッとなってもティラミスです。飲み物はホットココアかみかんの缶詰の汁の部分です。それでいいんですね?本当に。


 ほれ、これで気付いたのではありませんか?


 幸せというのは、甘いケーキのようなものです。たしかにそれは甘く、幸せのように感じられます。


 しかし、幸せや甘さは、それだけで死ぬまで満足させてくれる要素ではありません。


 辛いものも食べたいし、苦いものだって気になるし、ちょっぴり発酵してたり腐っていたり、グツグツ煮えていたり、キンキンに冷たくてもいいのです。


 そう、人生は幸せもつらさも、さみしさとせつなさと心強さも全部抱きしめて君と歩いていこうなのです!!

 誰だ、JASRACに通報したやつは。


 だから、あなたが知るべき未来はたったひとつ、それはあなたがいつか死ぬということに他なりません。そして、それまでに、どんなに彩り豊かな体験をしたかが、あなたの人生の豊かさそのものだというわけです。


 もちろん、辛いときも悲しいときもあるでしょう。つらさやかなしみに押しつぶされそうになる瞬間もあるでしょう。

 そう、ワサビをつけすぎて「ふんごっ!!!!!」となる時のように。

 そう、たまねぎを切りすぎて涙がとまらなくなる時のように。


 しかし、そんな苦しみは時間が解決してくれるか、私が解決します。ズバット。


 さ、さあ。はやく私の胸に飛び込んできなさい!は、早くおいでったら。いいじゃ~ないの~。以下自粛」



というわけで、ありがたい神のことばを胸に、生きていこうじゃありませんか。