2014年6月17日火曜日

<日常>「自分探し」が止まらない!

 お久しぶりです、こんにちは。


 尿路結石ができて激痛に悩まされている武庫川散歩です。

 尿路結石のご経験がある中年男性の方には、共通理解があると思いますが、アレはやたらと痛いのです。

 それはもう、のたうち回る時もあります。


 一昨年くらいに、最初のマジヤバイやつに出くわしまして、それから毎年軽いやつが訪れますが、今回のは、なかなか強烈でした。


 で、もがいている最中に、ふと思い出しまして。


「ん?まてよ、私は既に解脱しているのだから、いかなる苦しみからも逃れているはずだ。おかしいな、痛みなんて超越しているのに」


とそんなことを念じておりましたら、すっかり痛みが消え、気がつくと、ぐーすか寝ていました。



 え?自分でもすごいんじゃないかと驚いております。痛みを超越するとはこのことです。


 翌日、さきっちょのほうから108つの煩悩のひとつが、コロンと飛び出してきました。


 いやー、またひとつ解脱してしまいましたな。



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 そんなこんなで、今日も元気なサイバーパンク解脱者は、いかなる痛みも超越しながら、次回の石の光臨を楽しみにしているのですが、それはさておき。


「自分探し」


なるものにハマる人がおられるようですね。この世の中には。


 仕事をやめてみるとか、転職してみるとか、「これは僕が追い求めているものじゃない」とか、いろいろ考えて「自分を見つめなおしたい症候群」の人のことです。


 けっこう究極的なパターンだと「インドに行く」という手もあるそうです。どんな人でも、インドにいくと人生が変わるとか変わらないとか。



 んーと。武庫川散歩的には、インドまでいかなくても大阪の西成区とかでも十分いろいろ「人生が変わる」と思いますよ。


 その昔、天王寺動物園周辺がまだなかなかにぎやかなりし頃、幼い武庫川散歩は父に連れられて「動物園へ行こう!」とまるで「王子動物園」へでも行く気分で歩いておりました。

 すると、そこへ辿りつくまでに、いろんな屋台のそばで何人ものおかまのおっさん様がカラオケに興じておられ、可愛い僕に手まで振ってくれるという神秘体験を得ることができ、


「ああ、ここはすごい!王子動物園に”天”がつくだけで、すごいことになるんだ!」


と思わずユーレカ!と叫んだとか叫ばなかったとか。


 天王寺動物園周辺も、いろいろと行政の圧力で現在は様子が変わっているそうですね。



<関西人にしかよくわからないネタで失礼いたしました>


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 さて、真面目な話に戻ります。


 「自分探し」が上手くいかない人、どんな仕事や体験をしても「これは、本職ではない」とか「これも僕の思っていたのと違う」と感じてしまう人は、


「自分探し」のあること(ある部分)を間違っている


からそうなるのです。



 それはどこか。


 簡単に言えば、「自分探し」とは「自分というものの本質」を見つけることなのに、なぜか探している間に、「自分というものの枝葉末節」を求めているのが間違っているのです。


 なぜ、あなたは「自分探し」のために「仕事探し」をするのですか?


 なぜ、あなたは「自分探し」のために「住む場所探し」をするのですか?


 なぜ、あなたは「自分探し」のために「恋人探し」をするのですか?


 なぜ、あなたは「自分探し」のために「学校探し」をするのですか?


 アスカに一回言われたほうがいいです。あんたバカあ?!と


 いいですか?あなたは「ちっとも自分を探してはいない」ということに早く気付くべきです。


 自分が見つかっていないのに、どんな仕事や住む場所や恋人や学校を探したところで、自分は見つかりません。


 端的で明快でしょ?


 
 トランプの数札と絵札をひとつずつめくりながら、ポーカーの本質がわかりますか?


  グッチやシャネルを身に付ければ、あなたは高級な人間になれますか?


 ロレックスを買っても、あなたはカッコよくはならないのです。カッコいいのはロレックスの時計だけです。


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 なので、ここでズバリ言っておきます。


 自分探しとは「自分を構成する要素をいろいろ集めたり体験したりすることではない」ということです。


 まったく違います。自分の中身そのものと対決するのが「自分探し」です。


 では、真の自分探しの方法を教えましょう。



<あなたの人生が大きく変わる究極の自分探し>



① まず、自分の中を見てみよう。


 内視鏡で、口でも肛門からでもいいので、あなた自身の中身を見てください。大腸ポリープがないかどうかでも、人間ドックでもなんでもいいです。

 確実に人生観が変わります。人体とはかくも美しいものなのか、と驚愕するでしょう。

「僕の、あたしの体がこうなっていて、そして生きているんだ」と目を見張ることでしょう。


 自分の中を直視してください。



② 自分の戸籍を取ってみよう。


 自分の本質に迫るやり方です。あなたの戸籍を役場に行ってとってください。あなたがここにいる理由を探ります。

 そして、あなたのお父さんとお母さんの戸籍を取ります。おじいちゃんとおばあちゃんの戸籍を取ります。

 あなたの先祖を探してください。あなたの先祖がどうやって生き延びてあなたに命を繋いだかを探してください。


 あなたの苗字は何ですか?なぜその苗字を持っているのか?いつからあなたの一族はその苗字なのか探してください。


 あなたの姓と名を直視することで、人生は確実に変わります。

 日本書紀、古事記の時代には「相手の名前を知ると、相手の心を支配できる」とまで言われました。なので、女性は本当に心を許さないと「名前を教えな」かったといいます。


 あなたがあなたの姓と名を本当に知ることで、あなたはあなたを支配できるのです。



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 まあ、それ以外にも、自分探しの方法はいくらでもあります。しかし、間違えてはいけないのは、「自分を構成する要素」や「自分に貼り付けできるラベル」を求めるのではなく、



常に自分本体を求める、自分の中身に迫る



ことが大切です。


 ガンバっ。武庫川散歩は、いつも頑張るキミを応援してるぞっ! キラキラッ!






2014年5月24日土曜日

【勝手に人生相談 その2】 あなたはメンヘラかもしれません。

 お久しぶりです。


 今日は熱を出してかなりへたっていました。解脱者の武庫川散歩です。

 悟りを開いても頭痛はするし、発熱するんです。にんげんだもの(あいだみつを)。


 こんなツカミから入ってみましたが、久しぶりに中島義道さんの人生相談道場を見たら、新しい悩みが掲載されていました。


 というわけで、今回も中島義道さんの「人生相談道場」から気になるネタを拾ってみましょう。勝手に。


 東洋経済オンライン 中島義道の人生相談道場 より
 http://toyokeizai.net/articles/-/35033



Q、私は冗談で言ったことばで人を傷つけてしまうことがあるようです。タテマエで濁したりできません。むしろ相手が「私のことを受け止めてくれる人だ」と好意的に思っているから、本音で話してしまいます。

(みたいな感じ。著者勝手にまとめる)



A、あー、あなたはたぶん境界例(ボダ)の可能性があります。ちょっと気をつけて「境界例」に関する本を読んでみてください。(By武庫川散歩)


 中島さんの回答は、まじめて答えておられますので、「ちょっと曲げて丸くなる」か「信念を曲げないで突き進む」かの2つの方法について書いておられますが、人生経験が捻じ曲がっている武庫川散歩としては


 こういう人は、メンタルヘルスに問題があることがあるので、多角的に見てみたら?


と思っています。


 武庫川散歩は、こう推察します。



① どぎついことを言っているのに、先輩に軽く注意されこそすれ、激怒されることはない。

 ・・・これはつまり、相談者さんが、ちょっと美人だということを示しています。

 相談者さんは、28歳の女性だそうですが、ブサイクなおばはんだったら、おそらく先輩に心の中でボコボコにされているか存在無視の刑に処されていることでしょうから、たぶんちょっと可愛いのでしょう。



② 天使のような顔でひどいことを言う、のくだり。

 ・・・そして、この女性は自分がちょっと可愛いことをわかっています。わかっているので、そういうキャラであっても多少は大丈夫であろうと本能的に感知していると考えられます。




③ ズバッて言ってもいいのではないか、と考えている点。

 この辺からちょっとあやすぅいーのですが、「境界例・境界性パーソナリティ障害」の人は、直感的に物事の本質に近いところを突くことが上手で、かつそれを言ってしまい、正当化することがあります。

 二極思考もボダの特徴でもあるしね。


 というわけで、特に女性ですので「おかあさんとの人間関係に問題がないかどうか」思い起こしてみることをおすすめします。



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 もし、全然相談者さんがメンタルに問題を抱えておられないのだとして、上記見地がぜーんぜん外れだったとしたら、


よかったですね(はあと)


と心から申し上げます。


「勝手に人を精神に問題があるかもなんていいやがって!」

と過剰な反応をするのであれば、あるいは「告訴するぞ」とか言い出す場合は。


「やっぱり心に問題がある人」


認定です。


 その場合、関わるとヤバイのでこのブログを削除しますから、ある日このブログがさっぱりなくなった場合は


メンヘラと関わってしまったのだな


と察してください。


よろぴく。












2014年4月21日月曜日

<日常>諸行無常!全てのものはむなしい アーメン

 春が来たというのに、昨日と今日はやたら寒くて、天気も「無常」だと痛感している武庫川散歩です。

 ああ、そうそう。リュックベッソンのTAXIシリーズにもそんなのが出てきましたね。たしか、主人公のサミー・ナセリが載ってるタクシーの車が・・・・プジョーです。

 ごめんなさい。なんの関係もありません。


 さて、今日は少し古い記事ですが、ブッダのいうところの「悟り」がどういうものか端的にわかりやすく示されている記事があったのでご紹介しようと思います。



ブッダの言葉「苦しみを消すには、自分自身を変えるしかない」(プレジデントオンラインより)
http://president.jp/articles/-/12301



  日々悟りを開きたいと願っているそこのあなたにとって、いったいブッダが何と言っているのか1分から2分くらいでわかる、とてもよい記事だと思います。

 書いておられるのは花園大学の先生だそうですが、私も大学時代花園大学の辺りを自転車で駆け抜けながら大学に通っていました。懐かしいものです。

 

 さて、記事によるとブッダの悟りとは、つまりこういうこと。


①すべてのものは無常で一定ではありません。誰も助けてくれません。自分で悟る以外に道はないのです。


②自分ですら自分のものでないのですから、自分の所有物などがあろうはずがなく、すべては無常だったら無常なんだってば。


③修行をたくさん続けなさい。そうすると「ふつうの人とは逆の発想になります。ふつうの人の喜びが苦痛となり、ふつうの人の苦しみが安らぎとなります。




 うーん。ふだん私が言ってることそのままだな。おもしろくない(笑)


 さて、ちなみに私の悟りがブッダのそれと大きく違うところはどこでしょうか。

 ブッダは、そのように「全ては無常」なんだから捉われず全て捨て去りなさい、というベクトルで仏教を完成させました。


 私の悟り=「エンターテイメント解脱&サイバーパンク解脱」では、おなじく「全ては無常」なんだからこそ、


・・・・楽しんじゃえばいいんじゃない?


と考えます。


 ちょっと言葉を噛み砕きすぎているところがあるので、この真意はわかりにくいと思いますが、全てが「ナイに等しい」ところから出発するのであれば、「在ることの面白さ」「感じることの楽しさ」を実感してもよいのではないでしょうか。


 この感覚は、こんどはブッダではなく「老子」になりますが、


知足


の境地に近いものがあります。


 知足(ちそく)とは、「足るを知る」であり、「ほんの少ないものでも、自分には十分満ち足りていることを知る」という境地のことです。


 欲しがりませんこれ以上。


 厳密に言えば、知足とわが解脱はちょっと違うところもあるのですが、仏教的にいうところの


この世が無常=ゼロに等しいもの(存在しないかもしれない症候群)なのであれば、


ほんのチョッとでも、「ある(と思ってしまうこのセカイ)」は、それだけで十分に喜ばしいものである、


という考え方になるわけです。


 私は、このセカイは存在しないかもしれない、と思っているので、それなのに存在するって感じているこの日常は


 すなわち =もうけもの、ラッキー、大当たり、プラスアルファ、宝くじ


 のように、「十分に楽しいもの」だと感じられるわけです。



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 たどりついた結論は同じでも、ブッダのように「・・・よって全てのものは無意味なので捨てろ」というのか「・・・よって全てのものは無意味なので、失うことを恐れず味わえ」というのは根本的に異なります。

 サイバーパンク的にいえば、このセカイの全てはソフトウエアのようなもので、実体がなく、いくら華やかに見えたモノでも電源が切れればモニターから消えうせるデータに過ぎません。

 だからといって、ブッダのように、電源を入れない生活をする必要はないのではないか。

 別に電源を入れてソフトウエアを楽しんでもいいんじゃないか、というのがサイバーパンク解脱です。

 ただしそこには、「このセカイはソフトウエア(空なるもの)である」というしっかりとした確信がベースにありますから、


コンプガチャに取り付かれたように課金する


というアホなことはしないわけです。しょせんコンプガチャです。


 ちなみに、うちのこどもが最近カプセルプラレールのガチャガチャにハマッています。


 もう煩悩にまみれています。えらいことです。

 早く父に倣って解脱して(飽きて)くれないかなーっと。なーんて。









2014年4月2日水曜日

<日常>苦しんでいる人へ 「最低な人生が最高の生き方を生む」

 こんにちは。

 いつもは高尚で崇高な話題についてお届けしている当ブログですが、今日は低レベルでお下劣な話で進めてみたいと思います。あなたの武庫川散歩です。


 東洋経済オンラインさんに、なかなか示唆にとんだ面白い記事があったので、ご紹介しておきましょう。


 ハリボテ人間はリーダーにはなれない(東洋経済オンラインより)
 http://toyokeizai.net/articles/-/34177



 どういう記事かというと、ハーバードビジネススクールという世界でも超一流の人たちが集まる学校で、

「自分のろくでもない部分を愚劣にもさらけ出す。べろんちょ」

的な授業がある、という話です。
 

 この授業、タイトルは「真のリーダーシップ開発」なる授業なのですが、やってることはなかなかすごいです。

 そうまるで、出席者の生徒がみな「ウーマンラッシュアワー村本」みたいになる授業だというのです。


 というわけで、ここでもちょっとマネをしてこんな質問を用意してみました。



”あなたの一番後悔していることはなんですか?”

”あなたが人生でやった一番悪いことはなに?”

”あなたにとって、ほんとうに一番大事にしているものはなんですか?”

”あなたと両親との関係について、ぶっちゃけてみてください”

”マジであなたには本当の友達が何人いますか?”


 上記の授業でもそうだし、上の質問も同じですが、求められていることは「タテマエだけではない、真のあなた像」です。


 たとえば、学校の入学試験面接であったり、就職面接であったら、あなたは「いいことだけ、PRできることだけ」話そうとするでしょう。


 また、もし上の質問を就職試験で問われたら、あなたは「体よくそれらしい回答」をウソついて話すに違いありません。


 しかし、そんなものは何の役にも立ちません。真のビジネスマン・真のリーダーには「挫折と迷いと苦悩と恥」が求められているのです。


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 まあ、一流のビジネスマンになるかどうかはほっといて、このブログ「悟るヒント」的にも似たようなことがいえると思います。


 真の悟りを得るには、「挫折と迷いと苦悩と恥」は、大いにあってよいと思うのです。


 そう、「最低な人生」という経験があってこそ、悟りを得たあとの「最高の生き方」は花開くわけです。


 少なくとも、このブログを読んでいるほんの少しの人には、おそらく「挫折と迷いと苦悩と恥」がかならずあるに違いありません。

 私にも山ほどあります。人に話せば、クリビッテンギョーたまげっげーな「あんたそんなことしてたの!」的愚劣な人生が、私の過去を形成していると言っても過言ではありません。


 あのブッダですら、「嫁はんと子供を捨て」て飛び出したのです。

 小泉純■郎ですら、嫁はんと離婚して総理大臣になったのです!


 そのまんまEASTさんですら、いやらしいことをして知事になり、橋下弁護人ですら、不倫騒動があるのです!

 5千万貰う知事もいるし、8億貰う議員さんだっているのですよフォースコリー!

・・・・・・はあはあ、だんだん関係ない話になってきましたが、つまり、そういうことです。


 人生はろくでもないけれど、その経験を昇華させることができれば、「最高の人生」へと変えることは可能

なのです。


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 話をまじめ路線に戻しましょう。キリッ。

 記事の中でも書かれていますが「全身からしみ出るような人間性」こそが、他人の命や生活を預かるベースになるということです。

 
 今、苦しみや悲しみを持っているそこのあなたに言いたい。それを受け止めることで、あなたの生き方は最高のものへと変わります。

 
 我慢する必要も、無理をする必要も、頑張る必要もありません。


 ただ、悟りを得た瞬間に、最低の人生は最高の生き方へと勝手に天地が入れ替わるということだけ、お伝えしておきます。



 そのためには

 
 私へのお布施も要りません。壷を買う必要もありません。印鑑とかブレスレットも買わなくてよろしい。

 修行も不要!滝に打たれなくても全然オッケー!


 まあ、暇つぶしに当ブログをぼちぼち読むだけでたぶん大丈夫です。



2014年3月29日土曜日

<日常>「家の中にストーカーがいます」

 ずいぶんと気候もあたたかくなって、春が近づいている気がします。春といえば、変態が出没する季節ですが、いかがお過ごしでしょうか?どうも、不完全変態の武庫川散歩です。

 
 ネットメンヘラのみなさんの間では、既に話題になっているそうですが、俗世に疎い私は最近知った名著があるそうですね。


 『家の中にストーカーがいます “こころの風邪”などありません、それは“脳の病気”です』
 http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00HA0WP4M/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B00HA0WP4M&linkCode=as2&tag=impressquickbooks-22



 精神科医の林公一という方が書かれた精神科の相談事例集みたいなものですが、面白すぎ・・・(失礼)、気に入ってしまいました。


 出版は電子書籍なので、書店には置かれていないと思いますが、心の病を疑っている方はぜひご一読をお勧めします。


 林先生のキャラと回答については、好き嫌いが分かれるかもしれませんが、私はかなり好きです。

 というより、思考パターンが似てる気がします(苦笑)。ああ、もちろん、私は精神科の専門家ではありません。あしからず。


 
 ちなみに、原作を読みたいという方は、ネットにサイトがありますので、そちらをどうぞ。


 Dr林のこころと脳の相談室
 http://kokoro.squares.net/



 すでに2600記事に達している精神科Q&Aが本体です。

 林先生によれば、たぶんワタクシ武庫川散歩もかなりの変態もしくは病人なんだと思います(笑) 冗談ですよ。


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 というわけで、個人的名作をいくつかピックアップ。タイトルにもなっている例のネタから。



Q.家の中にストーカーがいます。38歳の弟のことです。・・・・
 http://kokoro.squares.net/psyqa1087.html

A.まさかとは思いますが、この「弟」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。



Q.ここ数ヶ月の間に彼女の様子が少しおかしくなってきました。
 http://kokoro.squares.net/psyqa1769.html

A.あなたは単にふられつつあるのではないでしょうか。


Q.メンヘラと呼ばれる人たちについて。
 http://kokoro.squares.net/?p=951

A.まずメンヘラという呼び方をやめるのが先決でしょう。



まあ、この手の面白Q&Aはともかくとして、とにかく簡潔明快にお応えですので、ぜひ他の質問集もお読みくださいませ。



 それにしても、林先生にメッタ切りにされるとわかっていて、どうしてこれだけたくさんの方が質問を寄せるのやら・・・・。もしかしたら、質問のお手紙が、全部想像の産物だったりして(笑)


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 とまあ、かなり長めのマクラはさておき(←オイ)、世の中には「心が不自由な人」がえらくたくさんいるんだなあ、と改めて実感させられる林先生のサイトですが、私も前職の仕事柄多種多様な人々と関わりを持つことができたので、マジで


 世の中には、本当に心が健康な人から、病の人までいろいろ実在している


ということを痛感しています。


 そして、もっと言えば、健康状態が白で、病気状態が黒だと仮定した時に、


①まっ白な人なんて、ほとんどいない。

②たいていの人は、なんらかの意味でグレー。

③濃いグレーから、薄いグレーまで、連続的にいろんな人がめちゃくちゃグラデーションで存在する。


ということを体験上知ってしまったわけです。

 それをたとえば一般的にはIQなどで判定して、「ここから上の数値は健常者、ここから下は知的障害」などと分類しているのですが、実際には、それ以外の要素で問題を抱える人なんて、山ほどいるわけです。

 そりゃもう「痴的生涯」を送っている人もいれば、「片付けられない症候群」だっているし、精神病としての病名のつかない「こだわり」や「変な性格」まで含めてバラエティ豊かです。

 結局、エンターテイメント解脱的には


 全ての人類は、イカレポンチである(by武庫川散歩)


ということを悟らずにはいられません。そして、そのイカレポンチの度合いが、生活に何の支障もなければとりあえず健康、だと思わずにはいられないのです。

 





 

2014年3月20日木曜日

<日常>世界のはじまり、世界の終わり

 なにげなくネットを見ていたらこんなニュースが飛び込んできました。


 あなたの胸に飛び込みたい、武庫川散歩です。


 宇宙膨張、裏付ける重力波(時事通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140318-00000005-jij-sctch



 重力波ですよ、重力波!カメハメ派とかドドン派の一種の重力波です。これはワクワクです。

 
 我らがエンターテイメント解脱においては、この宇宙は「理論的なもの」と捉えています。ざっくりと言い換えれば「プログラム」でもいいし、「アルゴリズム」でもいいです。

 宇宙は存在しないかもしれない、と把握しているわけですから、基本的にセカイは記号の集合体であり、紙の上に書かれたプログラムのようなもの、(ハードウエアに依存しない)と捉えています。


 さて、今回のように「宇宙はビッグバンではじまり、どんどん広がっている」ということは従来より多種多様な観測により言われてきましたが、どうもその説を裏付けるようなデータが見つかったようですね。なかなか悟りの視点からも興味深い話です。


 宇宙には始まりがある


ということは、そこからいろんな推測ができますね。


 ひとつには、宇宙に始まりがあるということは「宇宙がなかった状態」と「宇宙がある状態」の2つの状態が考えられるということです。


 これが何を指しているかというと、「宇宙を作ったヤツがいる」もしくは「宇宙が勝手に無から生まれた」などの想像ができるというわけです。


 宇宙を作ったヤツがいる、と考えればそこから「神」(のような存在)を検討しなくてはなりませんね。


 宇宙が勝手に生まれたとすると、完全な無から突然有が生じるのもちょっと変なので、無の外部に何かしら有があるのではないか、と想像することができるかもしれません。

★われわれの宇宙の外側に、別の何かが広がっているのではないか、という考え方です。



 そして、もっと究極的にいえば


「はじまりがあれば、終わりがある」


と想像することも当然できます。滅びだ滅びだわーいわーい!


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 まあ、悟りを開いた者からすれば、宇宙がどうなろうがどうでもいいのですが(笑)

 そうも言ってられないので、ひと言ふた言コメントを。

 
 宇宙にはじまりがある、ということはサイバーパンク解脱的には、別にたいしたことではありません。

 この世界は記号の集合体であると定義する段階で、記号は小さなユニットから大きなユニットへ組み合わさるわけですから、「記号の記述スタート」のようなものは当然あってもおかしくないわけです。

 また、別の観点から言えば、このセカイに「時間」という流れがある以上、「時間」軸の視点からみれば当然「はじまり」があっておかしくないわけですよね。

(過去の過去の過去の・・・・遡る原点としてのはじまり、ということ)


 しかし、その宇宙のはじまりも実は論理的に「プログラムの起点はここ」と明示されているから、そこから始まっているだけ、ということかもしれないし、いやはやそのあたりは神様に聞いてください。なーんて。


 そうした様々な疑問は、いつか人類の歴史の中であと数歩ぐらいは明らかになると思います。その時には私たちは死んでます。ちょっと残念ですが。


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 一般的な宗教では、よく「この世界の終わり」を定義して、その時に「真の神を信仰していないものは滅ぼされる」なんて言い方をすることが多いです。

 キリスト教ではハルマゲドンだし、仏教でも末法思想なんてのが流行したりしました。

 
 サイバーパンク解脱では、セカイや宇宙の終わりがあるかもしれないけど、その時はその時で、別にこのセカイの真実を知っていようが知るまいが、結局滅びる、と考えています。


 なんと救いのない思想哲学だろう、と自分でも思います。わははは。

 
 しかし、仏教もそうですが、その「救いがないところ」に真理があったりするわけで、そもそも世界に救いがあるなんて思っているほうが誤解なのです。


 このセカイは救いなんてなく、とんでもなくひどいロクデモナイセカイなわけで、それをちょっとでも何とかしようと人類は文明を築いて「ろくでもない世界」と戦っているというのが事実です。

 頑張れ人類!




 





 





 

2014年3月12日水曜日

■<13-2>宇宙と一体になる方法 後編

 お待たせしました。今をときめく武庫川散歩です。


 前回は、「宇宙は意識なんて持たない」「神様はいたとしても感情や意識を持たない」という話をしました。


 簡単に言えば、物理科学現象や物理化学理論がただそこにある、ということでした。


 というわけで、ここから私たち人間は神様や宇宙と一体になろうと思います(笑)




 いわゆる創造主や宇宙や神様が、超ニュートラルでなーんにも考えていない物理科学のかたまりだったとしたら、私たちも実は、その同じ物理科学の固まりから出来ていて、そして、私たちの肉体を構成する分子も、全宇宙において質量保存なのだとしたら、


 なんだ!既に私たちは宇宙と一体化してるじゃん!


ということにすぐに気付くと思います。


 これが、今日の悟り、すなわちレベル2です。


 捉え方によっては、私たち宇宙の構成物は、全て宇宙の一部であり、神の創造物は神とイコール(神に内包されている)と考えることもできますよね。


 ほれ!これでめでたくアナタもワタシも、神様と一体で宇宙の存在そのものです。わーいわーい。


 これが、悟りの本質です。物理科学と矛盾せず、セカイの成り立ちについてぴったり符合すると思いませんか?





 仏教における「色即是空、空即是色」とはこのことです。一般的な仏教解釈では

「形あるものはすなわちこれ形がないのと同じ、形がないことはすなわち形があることと同じ」

といったニュアンスで説きますが、サイバーパンク解脱では


「セカイは確かにあるように思えるが、ないのと全く同義である」

「意識や存在はあるように見えて、実はないのと同じ」


であるとするわけです。


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 さあ、ついに神様もいなくなりました。このセカイを救ってくれる超越した存在も、どうやら意識を持たぬらしく我々の希望とは合致しないようです。


 あまつさえ、アナタやワタシも、なんかよくわからないけど完全にニュートラルな存在とやらの一部らしい。


 どうしたらいいの?これからどうしたらいいですか?いやマジで!!



 ・・・・・・とまあ、ここでブッダの言うところの「無常」までは辿りつきましたね。サルでもわかる悟りと題した通り、意外に簡単な話だったと思います。


 問題はここからです。ブッダは、ここまでやってきて、

「じゃあ、全部無意味なんだからほっとけ」


と考えました。(親父ギャグかよ!)


 では、あなたはどうしますか?ここからが、次の悟りへの入り口なのです。