2017年4月6日木曜日

ストーカーが生まれる要因 ”くみちゃん、地球上に男が何人いるとおもってんの? 35億!”



 どうも、肉感的なボディをもった、おっさん・ブルボン武庫川です。


  え?ブルゾンじゃなくて?


 そう、ブルボン。でも、ブルボンの由来は、もはや、かのお菓子会社ですらよくわからないらしいの。

(★フランスのブルボン家由来説・コーヒーのブルボン種由来説などあり)


 もう、わたしも自分がよくわからないわっ。 



・・・。





・・・。





 さて、(真顔)今日のお話は、ストーカーについてです。

 昔、とある女子にこの高潔な武庫川もストーカー扱いされたことがありますが、 何度もメールを送りつけたとか、待ち伏せしたとか、そういうことは一切ありません。

 
 そういえば、とある女子にも、この高潔な武庫川はなんにもしていないのに


「セクハラされたっ」


と、言われたこともあります。してないしてないっ、してないぞ!
 




 ……話が、飛びすぎるのでもどします。


 ストーカーの話ですが、「アイドルとファン」のように、もともと相関関係があまりない相手がストーカーになる場合はともかく、多くの場合は「元彼」とか「元カノ」「元夫」「元妻」など、ある程度関わり合いが深かった人物とこじれると、


 相手がストーカー化


する場合が多々あることは、ご存知の通り。ひらがなで書くと、すとーかーか。


福岡弁では、「いうとーと?」「おこっとーと?」「すいとーと…。」



…。


…か、かわええええええ!!!!




なにこの突然の方言女子萌え!


本論に関係なくブチ込んでくる小ネタの数々。


岡山弁もかわいいんだよね。がーがー。

「いうとったがー」「しよるがー」




…はい。戻します。





==========




 一旦関わり合いがある男女の間がこじれると、相手はこちらが思っているよりも強大に「恨みつらみ」を抱くことが多いのですが、ストーカーされる側から見ると、


「なんでそんなに恨まれるの?」


ということがイマイチぴんときません。一般的に考えれば、恋愛においても夫婦間においても

「そういうものは、たいがいお互いさまの部分がある」

とも言えるし、

「50歩100歩」

であったり、

「フィフティフィフティ(50%・50%)」

じゃないか、とも言えるわけで。


 ところが一旦こじれると、恨みを抱く方はそうとは受け止められないわけです。

 これがなぜそうなってしまうのか、このメンタル業界では有名人の「ゆうきゆう」先生がすでに書いておられるのでご紹介しておきます。




マンガで分かる心療内科 
http://yusn.net/man/462.html


あなたには35億の借金がある
http://sinri.net/sinrigaku/217.html



 リンク先の漫画や説明を見れば一目瞭然ですが、人間というものは、


「おれがきみにしてやったこと」





「あたしがあんたにしてもらったこと」


というのは、受け止め方が35倍異なる、のだそうで。



 「これだけしてやったぜ」35に対して、「してもらったわ」は1になるという


 35:1の過酷な現実


がそこにあるのです。



 ましてや、ストーカーが

「俺はこれだけお前にしてやったのに!バッグだって買ってやったし、ディナーだって連れて行ったじゃないか!」

「俺がどれだけお前の面倒を見たと思ってるんだ!」


とか思いはじめたら、してやった件数が10倍とか100倍とかになってるでしょうので、


350カウント、3500カウント、350000カウントぐらいには膨れ上がっている


はずなのです。



 これはもうモンスターですので、「いやいや、あなたの妄想は35倍に服らんでますよ」とか説明しても、通じるわけはありません。



 なので、これを静めるには大変な時間や手間がかかろうかと存じます。みなさんそこで苦労するわけですね。


 武庫川は男には手厳しいので、ストーカー男には


「器の大きい漢(おとこ)にならんかいっ!!!」


どやしつけたいところですが、おそらく彼らには言ってる意味すら通じないのでないかと。







 ちなみに武庫川は、もともと「誰かに対して、とてもよくする、してあげる」傾向が強いです。

 なので、「武庫川さんに、大変よくしてもらいました」と言われることは多々ありますが、


 それはもう、記憶に強烈に残るほど、めっちゃお世話しているのが実態です(笑)





 たとえば、ふつうの人が、誰かに何かをしてあげるとするでしょ?


 そしたら、されたほうは、「あーしてもらった。よかつたよかつた」と、1カウントになるわけです。

 (その時、したほうは35で記憶しているのだが、それはまあよし)



 ところが、武庫川の弟子たちは、まあたいてい、


「師匠には1000くらいしてもらった、いや10000くらいしてもらった」


と思ってます。それはもう、本当に語り尽くせぬほどいろいろと。



 なので、たまーに


「重すぎる、あたしには絶対に返せないからつらい!しんどい!」

「弟子やめるっ、追いつけないっ(涙)」


といって、どこかに去ってしまう女子がいます。2人くらい。いや、わし別に追い詰めてないよ?




 それぐらい親身になるということは、普通人換算では



「35000くらいしてやった、350000くらいしてやった」


になってもおかしくないんですが、 もはや武庫川はやりすぎて、最初のほうがどうだったかとか忘れていますので、


「何をしてやったか、とかあんまり記憶してない」


のが正しかったりします(笑)



 で、たまに「あの時、こんなこと言ってくれたでしょ?あんなこと言ってくれるなんて、うれしかったの」みたいなことを言われると、武庫川は実はきょとん、としていて。


「え?別に今でもおんなじこと言うけど」

「今、この瞬間でも同じことできるし、するよ。あかんの?」 

「言うだけどころか、マジで実行するだろうね」


ぐらいのノリだったり(真顔)




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 というわけで、今日の結論。


 金利がいきなり35倍になっている相手とは、まずまともに会話すら成立しないので、「何をしてやった」「してもらった」の部分では、絶対にかみ合わない。

 そこを議論にもってゆくのは無駄。


ということで、いかがでしょうか?



 それから、誰かに何かしてもらうだけでなく、


「あたしも、これくらいたくさんあの人にしてあげてるわ!」


という感覚を持つくらい、誰かに与えることができれば、不均衡は生まれづらくなるのかもしれません。



 自分のことだけでなく、相手のことも。

 

 それが、お互いが幸せに近づく方法だと思います。












 







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