2016年10月24日月曜日
宇都宮爆発事件が、現代日本社会に潜む病理の塊である件 ~そして、そのどれもが解決できない難問だという恐ろしさ~
昨日発生した宇都宮における爆発事件は、その全貌が徐々に明らかになってきていますが、その背景がわかればわかるほど、
「これは現代の日本社会の病理の縮図だな」
と思わずにはいられません。
そして、そのすべての問題が、今まさに現代日本に突きつけられた課題であり、未だそれらの解決の糸口すら見えていないということが、恐ろしくもあり、哀しくもあり、大変なことだと思うわけです。
■ 宇都宮爆発事件 何が起きたのか ■
まずは、事件の概要をおさらいしておきます。まだ発生して日も経っておらず、断片的にしか事件のことを知らない方が多いと思うからです。
10月23日に、宇都宮市で3箇所の爆発炎上事件が発生しました。
この日は、宇都宮城址公園でイベント(祭)が行われており、多くの人出がある中での爆発でした。
1箇所目は、城址公園近くのベンチにおいて、爆発があり人が燃えているという事件。
2箇所目は、宇都宮市中央のパーキングに止めてあった車が爆発炎上した事件。
3箇所目は、宇都宮市内の住宅から出火した事件。
当初は、何が起きたかわからぬまま「テロだ」と感じた人も多いようですが、実際には、これらの3つの事件は一体であり、
容疑者とされる、72歳の元自衛官、栗原勝敏という人物
が、
自宅に放火し、車を爆発させ、自分は自爆して死んだ
ということが明らかになってきたわけです。
■ 事件に至るまでの経緯 ■
この連続爆破事件。多くの人が行きかう公共の場所での爆発だったため、巻き添えになった被害者が多数ありました。
その意味では、容疑者の行った行為は、法のもとにおいては断罪されるべきですが、その背景にとんでもない事態が隠れていることが今日になって明らかになってきたわけです。
栗原敏勝容疑者のブログ
http://blog.goo.ne.jp/jpkingkoko
http://blogs.yahoo.co.jp/bwssf171
栗原敏勝容疑者のtwitter
https://twitter.com/kurihar87229662
栗原敏勝容疑者のyoutube
https://www.youtube.com/channel/UC23z6J7CwFbUDMGiWZ2JDYw
まず、彼が爆発事件を決行する前に、これらのブログやtwitter、そしてyoutube動画まで使って、あることを主張しようとしていたことは明らかです。
彼はそうとう過激な内容をわざとブログや動画に挙げて、意図的に
「炎上」
することを狙っていました。
しかし、それらの主張は、あまり市井の人々に注目されることなく、あるいは批判の対象となった公的機関にも、直接的には相手にされませんでした。
ネットを用いても、自分の主張が通らないと感じた容疑者は、そのことにも不満を覚え、
「事件を決行するしかない」
と考えるようになったのだと思われます。
■ 事件の背景にあったもの ■
では、彼が主張したかったのは一体なんだったのか。この事件の背景には何があるのか。その動機は?
すべての答えは、上記のブログや動画にも出てきますが、以下のようなことでした。
◇ 自分の娘が精神的な障害を持った
◇ 妻が、そのためにカルト宗教にのめり込み、大金を使うようになった
◇ 退職金までつぎ込んだので、夫婦喧嘩になるとDVだとされた。
◇ 家や車などの財産を差し押さえられた。(裁判で負けた)
◇ そうした経緯が不当だとネットで主張しようとしたが、見向きもされなかった。
◇ 自暴自棄になり、自爆。
恐ろしいことですが、ここには現代社会における問題や課題のすべてが塊のように詰め込まれているのです。
① 心の病や精神病の問題と、それらの介護や補助をどうするかという課題。
② カルト宗教や自己啓発などの、トラブルを抱えた人への救いの問題。
③ 夫婦や男女間におけるDVの様相。
④ 裁判において本当に正義の裁定が行われているのかという不審。
⑤ ネットにおける自己顕示や、承認欲求の肥大。
⑥ 自力救済が法的に許されていない件。
⑦ テロという手段。
ざっと挙げただけでも7つの問題が栗原を取り巻いていました。
そして、そのたった一つですら、なかなか個人の力ではなんとかできない大変な問題である、ということは、万人にピンとくるところだと思います。
★ 家族や自分が心の病にかかってしまったら、いったいどうすればいいのか。
★ カルトにはまってしまった家族をどうしたらいいのか。あるいは、自分がそうしたものへ引き寄せられるしかない現状だったら、どうすればいいのか。
★ 夫や妻や、彼氏や彼女においてDVや、熟年離婚などの激しい意見の相違がある問題をいかに解決すべきか。
★ 裁判所がわかってくれないとき(あるいは冤罪などについて)どうすれば救われるのか。
★ ネットで誰かに訴えようとしても、誰もがスルーしてしまうという現実。
★ 復讐や自力救済が法的に認められておらず、泣き寝入りするしかないのか。
★ 自分が正義だと思うことを、人々に伝えるにはテロのような暴力しかないのか。
これらすべてが重く、濃すぎる問題だと言わざるを得ません。
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私は栗原という容疑者がもし犯人であったとしたら、彼の行為は法のもとでは許されざるものだと断罪します。
しかし、もし、上記のような現代社会の病理や問題に自分が巻き込まれたり、その渦中にあったとしたら、
それに対して有効な解決手段や、本当に助けとなるものがいない
という現実に絶望せざるを得ないことは理解できます。
論点としては、「絶望したから自爆していいのか」という話が出るでしょうが、それはきっぱり間違いだと私は主張します。
あるいは先日の電通女子のように「絶望したら自殺しかないのか」という話になったとしても、それは哀しすぎる、と私は主張するでしょう。
しかし、このブログを読んでいるあなたも、薄々は気付いているはずです。
「もしおなじ目に自分がなったら、そこには絶望しかないだろう」
という恐ろしい予感に。
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私、武庫川散歩が、「解脱者」というスタンスを取りながら、ささやかながらこのブログでやっていることは、
「こうした事件が少しでも減ることを望んで」
の行動だと自分では思っています。
心の病には、できるだけ寄り添い、
カルト宗教ではなく、本当の信仰心とは何なのかをできるだけ平易に明らかにして、
自己の主張や正義がほんとうに正しいのかを問い直すヒントを提示し、
自己顕示欲や承認欲求とのふさわしい付き合い方を提案し、
(裁判関係については、別の名義でやっているのでここでは書きません)
そして、テロルでは解決しないことを示す
ということを、このブログでは最初からやってますが、 まだまだ人のためにはなっていないようで涙を流すだけです。
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